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僕は日本人

子供達が制服の着方をとやかく指導されている傍で、自分の格好をみると申し訳なくなる。砂埃にまみれて、裾の破け始めたデニム。「お前、それ今週毎日着てない?」というシャツ。1ヶ月近く手をつけてない髭。遊ばれる日々に、薄くなる髪。誰よりも風態に問題があるのは私ではないでしょうか。それでも身長もあってか、生徒たちはエリックよりも年下だと思っていたようです。10代だと思ってた、なんて言われるとどう反応したらいいものか。喜び、悲しみ。極め付けは「大人しいから女の子みたい」英語力のせいだよと応じましたが、割と僕なりにはしゃいでいるつもりがそんな風にも写っていたのか。体力の問題もあって、疲れたら座ってぼーっとしています。これは日本でも同じです。英語のせいばかりでなく、やっぱり元来騒ぐようなタイプではないので。国が変わったってそんなものが急に変わるはずもありません。いい表現をしてもらうと「落ち着いてる」なんて言われたりしますが、ただ体力がなく、人と会話することがあまり得意じゃないだけです。日本での生活の中で、我ながら自分の思考や行動の中で「気持ち悪い」と苦笑してしまうことがあるのですが、道中は忙しさのせいか、環境のためか、自分がどうのということはほとんど頭の中にありません。ただ聴こえる音に耳をすませるだけ。置かれた状況に身をまかせるだけ。少し人に引かれるくらいが正常運転で、気持ちよく安心できる心持ちがします。


疲れによる見た目の加齢からか髪が伸びたのもあってか、ルックスがどんどんリリー・フランキーさんに近づいている気がします。敬愛する方の1人ですが、20そこらでこんな感じでいいのかは甚だ疑問です。特にもともと細い目は、必要以上に哀愁を湛えはじめているような。なんだかもう、大丈夫なんだろうか。「美女と野球」など、他愛もなく、ぐだらなく、少しほっこりするようなエッセイ集も好きで。毎回それでは旅行記の形を続けられないのでしませんが、あんな読後感を多少は味わってもらえたらと思っています。愛読書の一冊「東京タワー」をだいぶ前に自分で読んで録音した音源がスマホに残っていて、よっぽど暇だったんでしょうね、日本語が恋しくなると噛んでばかりいるそれを聴いています。あの渋い声に比べ、自分のものはとても味気ない。変声期の再来を望みます。それが30分ばかり。これからというところで終わっているので、続きが読みたくなってしょうがありません。ベトナムで会う友人に持って来てもらおうかと真剣に考えています。フニャっとしたイラストの入ったTシャツにブルーデニム、スニーカーかサンダルを履いて目的もなく井の頭線沿線でもブラブラしたい。面白い人を探して、見つけたらしばらく観察することで暇をつぶす。そんなことへの憧れが募ります。飽きたら人の少ない喫茶店にでも入って、コーヒーとタバコで当てもない妄想を膨らます。発展しすぎているか、荒涼としているかの2択しかないここでは、ちょうどよく落ち着けるような場所がない。懐かしいあの公園で、最近忘れていたことを思い出したい。こんなことも考えないと、帰国後変な悟り顔をしてしまうような気がして。それを何より恐れています。僕はアフリカにいても、大したことない。


「こんな個人的なことを知りたくて読んでるんじゃないぞ。」すみません。本題に入りたいと思うのですが、学校について思うことはほとんど書いてしまった。別れが近いので無駄に子供達を持ち上げて振り回すなどの、体力を使うスキンシップを取っています。何人もボランティアが入れ替わりでくると思うので、正直僕のことなんか1年と保たずに忘れてしまうでしょう。そんな定めに抗うかのように、少しでもその期間を延ばそうと必死です。授業で言うことを聞かない時は、ツンとした態度をとってみたり。日本の小学校だったら、すぐに退職に追い込まれるような体罰もなければ、隙があれば壁をよじ登ってしまうような生徒たちを抑えることはできません。他の先生方は木の棒を持っていて、叩いたりもするのですが僕には抵抗があって。座れといっても座らない子にデコピンをしたりしても、それが気持ちいいのか「もっとやって」と言われたり。あまり甘くしても苦労するのは次にこのクラスを持つ先生だろうから、少しは厳しさも見せなければ。特に疲れた日は、もう黒板に字を書くばかり。子供のわがままは完全に無視したり。先生失格でしょうが、僕なりに毎日四苦八苦してきました。それも20日で終わりです。授業が終わった後は、これでもかというほどデレデレしています。やっぱり旅行記感がでない。


これといって新しい場所に行くこともなく、この日も家と学校の往復ばかり。学校の裏にある通りは今週発見して以来気に入って、休み時間は散歩しています。急な下り坂で、他と同様脇にはゴミが散乱しているのですが、気を落ち着けてくれる何かがここにはあります。道行く人は相変わらず「中国人」もしくジェット・リージャッキー・チェンと声をかけてきて、何かの武術らしき動きを向けてきます。そういえば、日本人で世界的に名の知れた人というのは誰なんでしょうか。アメリカなら大リーガー、イチローなどは多く知られているでしょうが、野球の「や」の字もないアフリカでは厳しい。広くみられている映画に日本人が出演していることもほとんどありませんし、「渡辺謙」と呼ばれることも現実的ではないようです。漠然と「カラテ」「ニンジャ」「サムライ」などが通じる人には通じるくらい。それらにしても大分ねじ曲げられたイメージをお持ちのようではありますが。果たしてどう日本人であることを表現したものか。もっとキャッチーで、言われるこっちも悪い気のしないような何かを改めて日本が生み出してくれたら助かります。俳優の誰かが世界的に有名になって、その名前で呼ばれたらきっといい気分で歩けるでしょう。それもその人のキャラクターによるか。知られてないからこその歩き甲斐もあるのかもしれません。この日は中国人と呼ばれた、日本人だよと言うと、謝られた後に「ヤクザ」と言われました。もうなんでもいいか。少なくとも学校での日本人のイメージは僕が元になるだろうから、次また日本人が訪れることがあれば清潔感を上書きしてもらえたらと思います。車の影響からか、教養ある人でも日本人の多くがエンジニア、技術関係の勉強をしていると思われることがしばしばです。文系でごめんなさい。


結局真新しいことはなかったわけですが、休み時間に水を買いに行ったときのこと。宝くじ売り場を少し広くしたような店が道にはたくさん並んでいるのですが、その前で。椅子に腰をかけた滅多に見かけないくらい歳をとったおばあさんが、手にビンのコカコーラを持っていました。偏見かビンコーラを若者以外が飲んでいる姿を見たことないのでその絵の新鮮さと、黒人の老女プラスコカコーラという僕の中では今までなかった組み合わせ。さらに、一言も喋らない女性はゲップをノンストップで繰り返していたので、何かとても幸せな気分になりました。切り取れば、平和の象徴にもなりうる光景です。


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