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グッドバイ

ドナルド・トランプが大統領に就任した金曜日。これから彼が何かをしてくれるたびに思い出すでしょう、僕はケニアにいた。学校が最後だったこの日、最終日だというのに2日酔いで起きないエリックをおいて。飲み会一回ぶんくらいの値段で、ピザを買っていきました。約束したことはしっかり守りたいから。出発する前に大切らしく思われることを尋ねて「ケチにならないこと。寛容であること。人に手を差し伸べる中に幸せはあるんだよ。」と話してくれた教授の言葉を思い出しました。惜しげも無く人のために奔走してくれる、人として尊敬している1人です。両手にピザを持っている外国人は隙だらけで危ない気もしましたが、「1つくれよ」と頻繁に声をかけられても「子供たちにあげるんだ」というとみんな笑顔で去っていきました。思えば日本にいて外国人だからという理由で声をかけるなんてことはないから、何もないよりは喜ばしいことなのかもしれない。3週間も同じところにいたから、道には顔なじみになった人もちらほら。遠くから手を振ってくれたりします。


授業では日本の歌をうたおうと黒板に書いたのはブルーハーツの「青空」。結局僕が1人で歌っただけでした。選曲に異論は認めます。終わりが近くなって、自分が貰ってもいいのかというような愛のある言葉をたくさんもらいました。幼いだけ、技巧など凝らさずにストレートに。感謝の言葉はあまり修飾しないくらいの方が、かえって胸にぐんとくるのかもしれません。それだけで苦労したことも報われて、温かい感情ばかりが残ります。僕なりにこの期間、もらったものと同様にあげられたものも少しはあるかな。それは子供たちが教えてくれました。


金曜日の午後はレクの時間。当たり前のように輪の中に入って一緒に遊ぶ。踊ったり走ったり。午後の授業も終わるといつもマザーが帰りの会のようなものを開いて1日を締めます。この日はいつもと少し勝手が違って、僕のためにお別れ会を開いてくれました。何があるわけではない。ピザとクッキー、バケツで水に薄めたジュース。幼児クラスから5年まで、順に歌を披露してくれる。自分が受け持っていた2年生の番になり、すでに潤みはじめていた目、感情が溢れて止まらなくなりました。特に問題児で手を焼かされたネルソンが涙ながらに歌っているのを見たら、もう無理だ。歌い終わると順に言葉とハグをくれる。3週間でこんな気持ちになれるなんて思ってもみませんでした。こんな教育実習のようなことをするのでさえ全く予期していなかったことでだから。教師を筆頭に、7人の生徒と共に流す涙。これはもう青春じゃないか。みんなそれなりに過ごした日々を良くも思っていてくれたことが嬉しくて。鮮明に思い出される初日に、最後まで続けようと誓ったのを実現できた安堵感。大変な境遇にいる彼らのこれからへの心配もある。


教室の壁は一面のベニヤ板で、黄色に塗られている。電気の通ってないこの建物では、その色の大切さも際立つ。床は辛うじてコンクリートで固められているけど、どれだけ昔に建てられたものなのだろうか。5分の1ほどはすでに崩れ去り、地面が露わになっている。そのせいか、教室の中はかなり埃っぽい。手作りであろう、木だけでできたテーブルチェア。不安定で細い板に腰をかけ、机も同様に十分なスペースもなく、波打って平らですらない。綺麗な文字を書くのも一苦労だと思う。教科書は教師が1冊持っているだけで、生徒の手元にはない。それも教科によっては足りていないものもある。施設にも、学校にも時計はひとつもない。そして教師も人数が足りず、免許など関係なく教鞭をとる。そして毎月のように変わってしまう。


子供たちよ、こんな状況でもどうか勉強に勤しんでください。僕は先生なんかではない。しっかり教えられたことなんてほとんどないかもしれない。ただ奇跡的に出会えた友人として。それがきっと将来君たちの身を立ててくれるから。本当にどの口が言ってるのかっていうのはわかっているけれど。どうしても明るい未来を願わずにはいられない。君らは小さい頃から途轍ない苦労を重ねてきて、どうしたって報われなければならない。街を歩いていると、綺麗な制服を着て、スクールバスを使っているような子も大勢いる。きっと境遇にはいくらか恵まれているんだろう。この街ではろくに仕事を持っていない人も大勢みかける。もしかしたら、ここにいる子らは先の学校には進めず苦しい生活を送ることになるかもしれない。そんな想像も難くない。だからこそ、どうしてもそうなってほしくない。何ができるってことは、今の自分には全くないのだけど。もうそれこそ、祈るような思いで。


最終日の土曜日も昼前から夕方まで、とにかく子供たちと遊んで。最後にマザーのもとに挨拶に行きました。彼女もとても謝意を表してくれる。そこで思いがけずに聞かれたこと。「どの生徒をいちばんに思う?」少し悩んだけれど、やっぱり手がかかったけど長く時間を共にしたネルソンの名前を挙げました。すると全く知らなかった、彼がこの施設に来た経緯を話してくれました。母親、父親が亡くなり、祖母に引き取られた彼。近所の方にこの施設の存在を聞いた祖母は彼をここに預けた。今では誰もその彼女がどうしているかわからない。両親、片親が生きていて、週末だけは家族と過ごせたりする子供もいるなかで。彼にいるのは、一緒に暮らす友人たちとマザーたち数人の大人。最後も通りまで見送りに来てくれた中に、彼の姿もありました。もう何度も抱擁して、彼だけには伝えました「僕のことを忘れないでいてね」。珍しく真剣な面持ちで頷いてくれた。


前歯が生え変わっている途中、やんちゃな顔で笑うネルソン。何度もせがまれて持ち上げたり。喧嘩に巻き込まれやすい彼を、何度も捕まえて、抜け出そうとするのを放さないようにじゃれ合ったり。頼むから算数をもっと勉強してね。指を使わなくても計算できるように。英語も板書を早く写すことにこだわって、あとでノートに書いた文字を読ませても解読不能。読める字を書いてくれ。一度だけ、陽気な彼の気を落とさせてしまったことがあって。その時に見せた真面目な顔つきの奥には、僕の理解が及ばないほどの過去の出来事の陰があったのかもしれません。飛行機も予約してしまって、プログラムも終了。もうここを去る以外他ないのだけど。この旅費の残りがあれば彼を。


家に帰って、荷物の整理をしなければいけなかったのだけど。どうしても思考の整理がつかなくて、なかなか進まない。ワクワクもしていた気持ちは何処かへ行ってしまい、本当に続けていくべきだろうかはじめて考えてしまいました。これがどの程度僕の中に芽生えたものなのか、まだわからない。ピラミッドを前にした時、感動ばかりに包まれるのか。それとも。これを書いている空港のロビーで、大きな感情を文字にすることに苦労しながら。いっこうに着地地点の定まらない思考は、降りる場所を見つけられないでいる。


一つだけ確かなこと。このプログラムに参加して本当に良かった。前にも述べたように、最初は寝床と食事が確保されることがなにより大きい要素だったのに。同じプログラムに参加しても、それぞれたくさんの施設にも振り分けられていくなかで。3週間、ほとんどナイロビの見聞を広めることもせず。20日間で17回訪れた施設。あっという間に過ぎた日々の中で、たくさんの力強い命に囲まれて。うちに生まれた思考の一つ。海外でのボランティアというのは、その旅費を全額寄付した方がよっぽど相手の為になるのだから。全部自分のため、経験のためにやらしてもらうことに他ならない。相手のためというのは副次的なことで。常にそこに情熱を注げるわけではない僕には、この感情の変遷を体験することこそが大切なようです。消化することには、もう少し時間を使いたいと思います。そして忘れないこと。


予想通り、かなり小型の飛行機がやってきて。僕の悩みはそれへの恐怖のために和らげられる。


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