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壁に囲まれた特別な空間で

畳。恋しくなりました。代わりになるようなものも思いつかないので、これは帰ったら大いに満喫するしかありません。いざそこに座ったらきっと行為に主眼が置かれて、床の材質なんてすぐに忘れそうです。それでもこんな状況にいると、畳の匂いを何時間も嗅いでいたいような錯覚に陥ります。そんなことは絶対にすることがないのに。よく考えると日本にいてもその上で過ごす時間はすごく限られたものだったので、結局母国が全体的に恋しいんだと思います。エルサレム旧市街の中、全てが石とコンクリートの中で生活していると、木造の建物やその温もりを感じたくなる。確かにこれなら冷たい外気はほとんど入ってきませんが、触ると冷たい壁というのは日本人の心が家に求める大切な要素が欠陥している、海外でファストフードに転落した寿司と呼びたくない寿司を前にしているような気分です。コンクリートに溢れた社会の中でも、家に木の存在を求めるジャパニーズは、古くから心の中で築かれ、刻めれてきた愛着があるのでしょう。訪れてきた地域柄、あれほど青々と広がる山脈は目にすることがない。石を求めようが、まずその上に緑があるから、わりと合理的に木造の文化は生まれたのかもしれません。材質上、ここで見るもののように長く姿を留めないことは残念ですが、それを風流ととる精神は再考すると2017年現在も脈々と生き続けています。少なくとも僕の中には。


地理を把握していなかった昨日から、朝散策のために調べて気がつきました。玄関を出て左に10秒行くと、そこは岩のドームの広場でした。信徒しかこの入り口からは入場できませんが、ここのオーナーはムスリムなので、イスラーム教第3の聖地にこれだけ近いのところに家を構えているのはすごいことではないでしょうか。それにしては熱心な様子は見受けられませんが。いつでも簡単に入れる嘆きの壁聖墳墓教会と比べ、異教徒と無宗教者は1日に2回、入場できる時間が限られているので、これを中心に予定を立てました。


まずは嘆きの壁へ。ここへも徒歩3分で到着。なんて優れたロケーション。ユダヤ人の王ヘロデがこの地を治めていた時の城。現在残されているのはその西側にあった城壁のみ。英語では「西の壁」と書かれていることが一般的です。荷物検査はあるものの、入場料はかかりません。開けた広場に入ると左側に壁が立っています。これはまさになんの変哲も無い壁です。真ん中で区切られ、左は男性、右は女性となっていました。とても厳粛な雰囲気を想像していましたが、観光客が大勢その前で写真を撮ったり、区切りを挟んで男女がたわむれていたり、聖地と言えどもこんな感じなのかと少しがっかりしました。それでも白シャツに帽子から靴まで黒に揃え、豊かな髭を蓄えたイメージどうりのユダヤ教徒が啓典を読みながら、壁を触り祈りを捧げています。その横でポーズを決める観光客3世代の家族。聖地をよくもこうオープンにできるなと、寛容さに感心します。置いてある白く小さい帽子のようなものを頭に乗せれば誰でも自由に触ることができる。今の髪では、被っても感覚がないので落としていないか頻繁に確認しながら。形はわかりませんが、両手を壁につけてみる。その冷たさからか、その間頭の中がすっとする感覚がありました。あるいは何か力が宿っているのか。これまで想像もつかない数の人間が触れ、祈りを捧げてたことを思えば、特別な力のようなものを帯びても不思議ではないと思います。少なくともそのことを知る僕の頭、知識は少し特殊な反応をさせました。それが正しいのかわかりませんが、すっきりした感覚が残る。それで終わりです。


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キリスト教地区に向かうと岩のドーム開放時間に間に合わない可能性があったので、一旦宿で休憩して、12時半の開場時間の30分前からゲートに並びました。すでに30人ほど並んでいて、あとからあとから人がやってきました。これも嘆きの広場のすぐ近くにあります。午後はこの1時間の1回だけなのでたくさんの人で列ができます。横を何かの伝統装束をまとった人々が楽器に合わせて歌いながら何度も通過して行くのを見ていたら時間になってゲートが開き、ここでも手荷物検査。中身を開けらる徹底ぶり。直前にもらった嘆きの壁のパンフレットを無言で没収されました。別に欲しくてもらったものではなかったのでありがたいくらいでしたが、なんだか排他的で小心に映ってしまう。ムスリム以外、ドームの内部には入れず、岩自体は見ることができません。それでも金の屋根を持ち、細かい装飾、白い石の床、青と白を基調とした建物は空の青と相まってとても綺麗です。文様フェチの僕は、複雑さの中に規則性のあるイスラーム文様、建物自体に均整が取れていて、他のモスクも同様に好きです。いくらでも見ていられる。アラビア語は壁に並ぶとすでに文様の役割も果たすので、意味はわかりませんが芸術性に優れた言語であると思います。汚れなどは目立たず、今のタイルはスレイマン1世により500年前に貼られたものにしては、驚くほどきれいに保たれています。カップルが腕を組むと注意されるあたりはさすがイスラーム教。僕も片膝をついていいアングルを探していると怒られました。今度は立ってそれをじっくり眺めていると「祈るな」と再び怒られる。祈ってない、祈ってない。僕は神にすがるような顔をしていたのでしょうか。


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そこから1度旧市街を出て、ライオン門から入り直し、イエスが十字架を背負って歩いたと言われる苦難の道を辿って教会を目指しました。これがただまっすぐにというわけではないので、途中で間違えて引き返したりしながら。道に並ぶ店も、泊まっているイスラームのエリアとは全く異なるから面白い。その界は明確にわかりません。ライオン門までの道でオリーブ山を眺めたり、自分が歩いている道、聖書の中にいるような気持ちでした。新約聖書、舞台設定はかなり現実的だったんですね。そして聖墳墓教会に到着。外観は古さばかりが伝わる、派手なものではありません。内部は肝心なところが工事中で残念でしたが、地下から2階まで古いものから、多少新しいものまで壁画や像などイエスを崇めたものがいくつもありました。今の世界が形作られる、その契機をもたらした1人の人間が一度は眠り、復活した場所。クリスチャンの人々は一様に真剣に、とても大切なものを前にしている表情が印象的でした。そもそも死後300年経って建てられ、破壊される目にもあっているこの場所は、1つでももし本当のことであればそれだけですごいと思います。昔のことはわからないからクリスチャンではない僕には、おとぎ話の中にいるような気分でした。


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世界中の人が来ることを望む場所。3つの宗教にとってそれぞれ大きな意味を持つものが、こんなに近い距離、1つの壁の中で。こんな空間は2つとない、興味深い場所です。啓典の民として、同じ神様を信仰する彼ら。先行きの不透明なこのご時世にお互い上手に共存できることを示してくれてる街でもあるかもしれません。その重みから、周り終わったのは15時ごろでしたが頭がいっぱいになっていました。1度は博物館に行こうと思いましたが、16時閉館だったので後日に延期。そんな旧市街散策、この3つの場所を横一列に並べて見ることができる人は、世界にはそんなに多くないのかもしれません。宿に帰って明日からの宿泊先と日程を決める。今度は旧市街の壁を出て、新市街などを探索していきたいと思います。


物価の高いエルサレムにあって、朝食は宿が出してくれるからありがたいものの、他の食事に困ります。それでも探せばそれなりに安いものもあって、昼はファラフェルサンド約180円、夜はカップ麺150円、風呂上がりにクッキーとスプライトで180円。大切なのは高い国で多少の出費をしても気にならないくらいに、物価の安い国でそれを理由に欲張らないことかもしれません。とりあえずベトナムに行ったら埋め合わせるように食べたいと思います。ホーチミンではラーメンブームらしく、美味しそうな店はバッチリ地図に地点登録してあります。今はしばしの辛抱する期間。空腹と闘う夜がある。