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流れ、流され、10カ国

出発してからの日々。僕はとても長く、今までのどの期間よりも長いように感じています。それは友人に連絡を取るとよく伝えることの一つ。

ある人は言いった。いいことだ。それだけ濃い時間を過ごしているということだね。

またある人は、それは良くないんじゃないかな。きっと日本を恋しく思っているんだよ。

聞くと、どちらもそうだなと思う。でも2つは対局にあります。楽しみながらも寂しい気持ちもある。そんなはっきりしない心境のまま、それでもやることは続けることだけ。はっきりと定まって見えることなんて、ちょっとしかないんです。

弟と合流するために足早にフエを去って、1つの大台、記念すべき10カ国目はラオスです。穏やかな首都ビエンチャン。アフリカでも中心部はごちゃごちゃという擬音が使える。ここはそんな言葉と無縁の街です。車の量が多いでもない、高い建物が並ぶわけでもない。人が集まっているという印象もありません。そんなことがとても新鮮に感じます。一泊1000円以下でダブルルーム。弟と2人で1つのベッド。なんかちょっと恥ずかしいですが、いつかは2人で旅行にと思っていたのが早くも叶いました。とても清潔、朝食にバリエーションのあるアリホームステイ。歩くとすぐに川があり、対岸はタイです。コップンカー。しっかりと1日の計画を立て、場所をチェックしてから出発。東南アジアらしさが色濃く残る国。つまり仏教の寺院が5分歩けば1つは現れる。ここもやはり暑いんです。昼間は35度以上が当たり前、受験で真っ白になった弟の肌がみるみる焼かれていく。

まずはワット・シーサケット。元の様式が現存する最古のお寺は、お堂を囲むように大量の仏像が並べられています。以前は目などに宝石がはめ込まれていたそうですが、戦火の中消失。多くが朽ちて、完全な姿を残しているものは多くありません。顔もほとんど同じなので、四方を囲んでいるとはいえ、半分くらいでいいかとなる。第一印象は素晴らしい、三十三間堂と同じような数により圧倒されます。その後もお寺をいくつか周ったものの、名前もややこしく、そんなに大きな違いもないので、全てを正確に覚えることはできません。ベトナムにあるお寺のように電飾が強い存在感を放つことはなく、基本的には朱色をベースに金などで彩られています。自分としてはそれを見ると東南アジアに持っていたイメージと結びつけることができます。どのお寺も参拝するにあたり靴を脱いで中に入りしゃがむのですが、ここが強い日差しの中で影で一息つく役割を果たしてくれました。12時になってレストランに入って食事。ふんだんに使われた香草に苦戦するブラザー。そこからすぐにフランス統治下にあった影響から、凱旋門がまっすぐな通りに設けられています。ただ建築様式は西洋風ではなく、しっかりとラオス建築で建てられていました。均等な街灯や、噴水の広場などがありながら東洋風に創られた門は、なかなか面白い光景でした。

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また歩くことしばらく、我ながら完璧なルートでタート・ルアンへ。名前でピンとくる人はよっぽど地理歴史に強い方でしょうが、写真を見れば見覚えのある方も少ないないのでは。金ピカの大きな塔で、釈迦の遺物が収められていると言われています。塀が工事中で多少見栄えが良くなかったのが残念。「なんでお寺は金を使うんだろうね」と僕が宗教施設に抱いていた同じ気持ちを弟が述べるのを聞いて、血の力を感じました。「それ、俺も思ってた」この後休憩にとカフェに入って頼んだスムージーが美味しくて、ラオス滞在中は同じ味を求めて頻繁にカフェに行きました。

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トゥクトゥクで宿に帰って、各々日が暮れるのを待つ。道路を挟んだ向かい側に高校とその寮のようなものがありました。バルコニーから放課後、子供たちが一生懸命に筋トレなどをしているのを見て懐かしさに浸る。あの時に着けたはずの筋肉よ、何処。それを照らし出す夕陽。もう一度部活に入りたいとは思わないけれど、雰囲気に対する憧れはあります。体を動かして日が暮れる。帰ったら食事が待っているという楽しみだけで過ごす毎日。程遠い生活、体力、種類の違う精神力。


昼間はただの道路だった場所に、夕暮れとともにナイトマーケットが現れます。宿から1分ほど歩けばつくところから始まり、途中人酔いから踏破を断念するほどの距離で続いている。観光客がターゲットではなく、地元の人々が中心になって、日用品などが同じような赤い色のテントの下に並べられている。これが毎日開かれるらしので、これもまた種類の違う体力を感じさせられます。改めてアフリカでの景色と比べてみると、ラオスも裕福な国ではないにしても清潔感がよっぽど強い。売られているものの質も高く見えます。何店も販売する格安、パチモンの時計やサングラスは一体どこで生産されているのだろう。そして当たり前のようにそれを買う人々。本物か偽物かなんて、そんなことは全く問題ではないように。そんな態度に好意を持ってしまいます。そんなことに囚われない、生き方ができたらいいのにな。

そして晩御飯に「フレンチが美味しいらしい」という弟の進言に、レストランを探し始めたけれど、肝心のフランス料理がどんなものか2人ともわかっていない。結局ハンバーガーを頬張る僕。1日目はこれで終わり。これで主要なところは見尽くした感を得て、翌日早朝からルアンパバーンへバスで移動することに決定。ホーチミンを出たあたりから、頻繁に長時間移動を重ね、こんなことはもう人生で2度とないだろうというような気がします。24時間電車。中1日。18時間バス。中1日。12時間バス。これも綺麗なバスではありませんでしたが、座り心地はよかった。そんなことも関係ないくらいひたすらに山を上り下りする道。地図では近く見えたけれど、これだけ時間がかかる理由がよくわかる。通路側だった僕は、頭を左右に振り回され、睡眠をとることもままならない。字を読みたくても酔ってしまう。後で知り合った人が2、3日前にもバスが崖から落ちたと当たり前のように言うのを聞いて、納得の後からやってくる恐怖。生きていてよかった。国土の多くが山なラオス。見た景色は穏やかな緑が広がっていて。日本も経済が豊かでなかったらこんな道ばかり、車での移動はかなりの時間が必要であっただろうと思いました。

ルアンパバーンには暗くなってから着きました。弟に普段とかけ離れた生活を見せてもしょうがない、少し感じるところがあればと一泊500円のドミトリーを予約しました。着いてシャワーを浴びに行き、すぐに出てきた彼。「50匹以上虫がいる」感覚が麻痺した僕でも少しためらうくらいの場所で、衝撃が大きすぎたようです。弱気になっていくのを見て、3泊とってしまったけど大丈夫だろうか心配になる。

そんな試練もありながら、ルアンパバーンはものすごく素敵な場所でした。ビエンチャンを凌駕する穏やかさ。その詳細、あっという間に過ぎた滞在はこの次に。