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3畳半じゃ狭すぎる

ベトナム最後の王朝が都を構えてたフエ。広い幅、豊富な水量を湛えたperfume riverのほとりにある王宮跡。対岸にある宿に泊まっていた僕は起床後、宿泊費に含まれた朝食を食べる。パンケーキとはいうものの、何でも米で作るベトナム人。これもたぶんお米でできたもので、餅のような感触、焼き続ければ煎餅になれそうなパンケーキ。米麺、ライスペーパー、恐るべき徹底ぶり。フランスに植民されていた名残で、フランスパンも豊富。食事はほとんどこの2パターンで成り立ちます。スライスされたバナナにチョコソース、それに甘いベトナムコーヒー。気分は最高ですが、近頃の乱れた食生活、糖尿病が気がかりでなりません。どうにか帰国まで無事に保ってほしい。


ホーチミンから北上したものの、ここもやはり暑い。昼間になると汗っかきの僕はハンカチが手放せなくなる。それでも大きな川のある風景は、そんな中でも少し涼しい気持ちにさせてくれます。王宮の周りもお堀があって、その手前も緑のある共用スペースになっている。旅の疲労と暑さから、頻繁に来る疲れをそんなところに座って休みながら。お堀に架かった小さな橋を渡り門をくぐるとその全貌が姿を見せます。立派な入り口に迎えられ、建物的には最初の5分がピークです。戦火などで焼けてしまい中央は、少しの栄華の跡と草原が広がっています。その周りには、明らかに近年建てられた綺麗な朱色に塗られた廊下がありました。そこにあるベンチで休むのは心地が良かった。思った以上の敷地の面積の中で、順序よく回ることも難しく、いくつかの古い建物、石に掘られた像などを目に留めて後にしました。ただただ居心地は良く、のんびり椅子に座ることのできる公園のような感覚。歩いてた時間よりベンチに座っていた時間の方が長かったと思います。水の豊富なところに都はできる。中には川から水が引かれ、鯉の泳ぐ池に、古風な建造物、茂る草花。一部の派手な装飾を除けば、その風景は日本人にも安心をもたらしてくれる、馴染みやすいところでした。


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そこから調べた中で一番惹かれたお寺を目指しました。4kmの道のりをダラダラ歩いていく。街全体がよく整備されているフエは暑さ以外は歩くのに適しています。これまでの国と比べると、落ちているゴミの数はかなり少ない。そういうところまで手が回る余裕は、人々の生活を一つ約束してくれるものであると思います。もしくはその一歩。途中バイクの勧誘だけはしつこく受けたのですが、相手にしなければ去っていく。よっぽど悪質な相手でない限り。気がつけば1時間ほどの道のりを踏破。その付近には売店や駐車場、たくさんの観光客がいたのでそれなりの場所ではあるようでした。日本のものとは様相が違うものの、7段になった塔が建っていました。漢字が掘られ、色調に、窓の文様、中華感が強く出ています。境内に足を運ぶと、たくさんの修行着のようなものをまとった女性がたくさんいました。こういう格好はなんだかスタイルの悪い方がよく似合う。ホーチミンで見たような金ピカで電飾が目立つものよりは、日本人でも安心できる雰囲気で、内部は厳かに参拝が行われていました。その横で観光客に大きな声で説明をするガイド。やはり場を壊すのではと思うのですが、宗教とはどこでも寛容な場合が多い。お金がってことなんでしょうか。それでも、お寺にいると教会、モスクとは違った落ち着きを得られるので、真に仏教徒ではないにしても少なからず自分の内に流れているように思いました。帰りは歩く気にはならなかったので、バイクに乗ることに。大事な価格交渉、12,000ドンと言われたのを6,000まで値切る。7,000でノーといい、6,000でイェスと言う。このたった50円の差に全く意味はないのですが、最近はできる限り安くしようと交渉から入る。何かに取り憑かれたかのように。


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晩御飯は近場のレストランで麺料理。ベトナムは食にはなんの文句もありません。安く、どれも美味しい。翌日からはバスでラオスへ、と言うことでベトナム最後の晩餐が少し名残惜しい。7時に宿に迎えが来ると言うことで、前夜から荷物をまとめ備えました。


翌朝バスは遅れに遅れる。せっかくの6時起きも無に帰する。なんだかんだ旅中はまだ寝坊もしてない。「帰巣本能があるから、出先で寝ても体力は50%しか回復しない」不吉なことを友人から言われ、そう言えば頭がぼうっとするのが取れないこの頃。寝てはいても緊張モードは続いているのかな。結局10時ごろにようやくバスに乗ることができました。寝台バスは初めてで、かなり快適なものを想像していました。実際は最後に乗ったこともあり、2段3列になってベッドが並んでいる一番後ろの下段。3畳半ほどのスペースで5人が横に並び、足も伸ばせないと言う悪状況。唯一の喜びは隣にお姉さんがいることくらい。ラオスには日本人はビザなしで入れるようになり、他の外国人を他所に簡単に入国。順調な旅を信じて疑わなかった僕に突きつけられた、5時間のバス待ち。入国審査場の先にある露店でひたすらに暇をつぶす。待ち疲れでヘトヘト、ようやくバスが来てこれで寝られる、お姉さんの隣で、という淡い期待も今回は何も僕を救わない。8時ごろになると、混血グラマーなお姉さんは下車し、そのスペースにラオス人のおっさんがズカズカ入ってくる。何を興奮したのか、他の客が寝静まっても、隣で2人の男が大声で話し続ける。最初はわざとらしい咳払いで不満を伝える。失敗。続いて英語で想いを伝える。失敗。最終的に人差し指を口に当てる仕草をする。成功。万国共通、ジェスチャーの偉大さを学びました。そんな18時間を経て朝の4時にラオスの首都ビエンチャンに到着。


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トゥクトゥクでホテルまで。そしてようやく部屋に入って、久しぶりに弟と再会。そうです、休み期間に入った弟がラオスまで遊びに来てくれました。1人でここまでちゃんと来たことに少し感動。気の利く彼が、キットカットじゃがりこを買って来てくれていて、再会の喜びもそこそこに日本のお菓子を堪能。ここから5日間彼とラオスを周りました。


次は兄の威厳を保つべく、しっかりとプランを立て、かなり充実したラオスでの日々について書きます。