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ちょっと泣いてもいいですか?(中・こんにちはカンボジア)

不安だった7時起きも、なんとか間に合っていざベンメリア。場所も知らなかった僕はトゥクトゥクに乗って、すぐに着くと思っていたのですが、これが遠い。なんと片道50km以上。それが1人15ドルというのだからなんとも優しい世界。排気ガスで塗れた空気に、目には見えない汚れが体に付着していくのがわかる。入場料は5ドル。入ってみたらすぐに遺跡がお出迎え。カンボジアには今も相当数の過去の遺産が眠っていると言われています。アンコールワットと違い、完全な改修などは行われておらず、半分以上崩れた姿を晒しながら、すでに自分が人工物であることを忘れたように緑をまとっている。ラピュタが引き合いに出される理由もよくわかります。天井の崩落したところ、遠い昔種が宿り、そこから年月を経て大木に成長している。そこには一体感があります。崩落した石が膨大な数、その前に転がっている。果たして人がここで暮らしていた時、どれだけの高さ、規模であったのか、わならないほどに。当時細緻な装飾がされていたことはわかりますが、どれも自然に晒される中で原型は無くなってしまっている。これだけのものが一度忘れられ、再発見されるというのは嘘みたいな話です。ここに居着き、去っていった人々。人がいなくなると、ゆっくり時間をかけて、それらは自然の中に溶け合っていく。そんなことをよく教えてくれるところでした。そっとラピュタのロボットが立っていても、きっと違和感なく受け入れられる。


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2時頃には戻ってきたので、そこから前日知り合った友人とピザを食べに行きました。2つ年下の2人とビールを飲みながら、いろんなことを話す。年下ながらたくさんの展望を持って生きている彼らを敬いたくなる。その帰り道のこと、たくさんいる風俗勧誘の1人、運良くレディーボーイではなかったものの、お姉さんが近づいてきて「これ何?」と僕の髪の毛を引っ張り始める。「いや、髪だわ」さすがに髪でしかないですよね。形状に特徴こそあれ。こんなことばかりで天パはなかなか忙しい。夜もこのうちの1人とご飯を食べに。なかなか敬遠させがちな自分をかまってくれる優しさ。何人かの親しみを持てる友人に出会えた東南アジアでした。東京での再会を約束した数もどんどん増えて。またカンボジアの食事も口にあっておいしい。油断すると少し辛すぎるものがあるにせよ、基本的には問題ありません。店先には蜘蛛やサソリが売っていたりするのですが、隣に普通の屋台がある中で、それに手を伸ばす気がしれない。とか言いながら結局蜘蛛は食しました。意外としっかり肉があって、そのルックスさえ忘れられれば不味くはない。けど忘れることはできなくて、すぐに水が飲みたくなる。これで僕も立派なスパイダーマンです。


朝早く起きられたらアンコールワットに行こうと思いながら、目覚めると10時になっている。今日はもう辞めて、久しぶりに今後の予定を決める日に当てる。2日後インドのコルカタに入ることは決めていたものの、入国の際に帰りの航空券も必要ということで、その行き先に悩む。そんなことをしていたら、本当に日が暮れてしまいました。少なくともキリングフィールドには行こうと思っていたのですが、いかに悩んだかということ、時間は待ってくれないから。それだけ時間をかけたのも、インドから南米に入るとかなり航空券が高くなってしまうことに気がついたからです。南米からヨーロッパに戻るというのも、現実的ではないことに気がつかされました。季節のことを考えた中でこのルートを思いついたのですが、やはりお金が最重要事項。インドからはトルコに入ることにして、チケットも予約。インドでの生活はしっかりとした期限付きです。4月7日にイスタンブールへ、そこからヨーロッパを1ヶ月ほど回って南米。また変わる可能性もありますが、三度僕の計画は変更させられました。というよりは元に戻った。周れば周るほど、もちろん時間は減っていきますが、反比例するように行きたい場所は増えるばかり。やりきったと思うことは難しいかもしれません。間近にインドが現れたことは、中東以来の内側からワクワクする気持ちを運んでくれます。世界一うざい国がすぐそこに待っている。2日前にチケットを取るあたりは相変わらず。本当にエアアジアLCC様様です。


日付は変わり、時間がなくなるとともにさすがにアンコールワットには行かなければと言うことで、数ある手段の中で自転車を選びました。そんなに高くない値段でツアーに参加でき、朝日を見る人も多い中、その集合時間が朝4時半と聞きすぐに諦めました。同時に1度も乗っていない自転車に乗りたい気持ちが異様に高まりました。自分のペースで見られるだろうし、たかが片道6kmばかり。宿の近くにレンタル自転車屋を発見し、1ドルという看板に飛びつく。店先にはそれなりに綺麗なものが並んでいて、なんていいサービスだろうと。しかし話を聞くと、店頭にあるものは5ドル、1ドルではと出てきたのは3年ほど屋根のないところで風雨に晒させたのではないかというほどボロいもの。よくよく見ると千葉県の防犯登録のシールが貼ってあって、どんな経緯でここにたどり着いたのか不思議な巡り合わせを感じる。なんてことはなく、「盗難」「犯罪」胡散臭いこの自転車に、それでもこげればいいかと決めてしまう。これが何度もペダルが動かなくなるような、見た目だけでなくその実まで酷いものでしたが、慣れてしまえば大丈夫。遺跡が近づいたところで呼び止められ、チケットを見せるように言われる。そんなことは全く知らなかったけれど、その先にはそれが無いと入れないらしい。聞くとだいぶ引き返さないといけないようで、頭の中で「行かなくてもいいか」と囁く奴がいる。少し思考を止めて、さすがにアンコールワットを見ずにカンボジアに来たとは言えないと思い直す。4ドルで連れて行ってやると言われましたが、意地でも自転車で。オフィスはかなり分かりづらいところにあるので、行かれる方はご注意を。


やっとのことでアンコールワット、アンコールの遺跡群に突入しました。映像で見ていたよりもかなり観光地として整備されている印象。道もコンクリートになっているので、自転車でも問題なく進めます。あまりに広すぎるので、アンコールワットとアンコールトムを見るとかなり満足感は得られました。定番だとは思いますが、アンコールトム内にあるバイヨン寺院が良かった。もうこれはテーマパークのようです。これをモチーフにして創られた想像物は沢山あると思います。大きな寺院は、上部にも登れるようになっている。そこには大きく掘られた顔の石像がいくつも並んでいます。これは本当に壮観で、東南アジア、続いた遺跡群のラストとしてはぴったりでした。ただやはり有名なだけに観光客は本当に多い。やはり中国の方は圧倒的です。大きな中国語が四方八方で飛び交い、嫌悪感をあからさまに出す白人も多くいました。耳を指で塞ぐように。それでもお構いのない中国人。中には遺跡に寄りかかり、ハーモニカの演奏を始める人まで。さすがです。有名な観光地の思い出には、必ずつきものになって慣れたものですが、もちろん全員ではないにしろ辺りを気にかけない態度、他地域の方には同一視しないでもらえたらという願いはあります。かなり難しいだろうことは承知ですが。


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宿の近くにあった小さい商店、僕は小さいものはいつもここで調達していました。裕福な環境で育っていたら小雪のようになっていたであろう美人な女性が営んでいて、帰る際いつも不細工な発音の「サンキュー」を返してくれた彼女のことがどうも胸に残っています。(続く)