サバイブ!

 暖かい陽気のバラナシ。たまに曇るようなことがあると、春のように優しく包み込む風が吹く。こうなると時間など関係なく四六時中眠気に襲われる。もう何をする気もなくなって、ガンガーのほとりでただそれを眺めていたりする。穏やかな流れは、どちらに進んでいるのかさえ分からなくなる。考えているのは「自分は何を考えているのか?」ということ。要するに何も考えていない。専門家に言わせると間違えっているであろうフォームで瞑想めいたことをしてみたり。気がつけば夜になり、暗い中にそれでも燃え続けるあの炎をぼんやり見つめる。


 宿を変えて、連れがいたおかげ。1人では諦めていたボートから見る朝陽。6時前に起こしてもらい男3人、100ルピーずつ払ってそれに乗り込む。川にはどの時間帯よりも多くの舟が浮かんでいる。ほとんどが観光客。地元の人々は沐浴や洗濯に励んでいる。運なく、この日は滞在中1回きりの曇り。僕の晴れ男と同様の力を持った雨男、雨女がいたのだと思う。残念ではあったが、距離を空けた岸の町並み、そこにある生活は穏やかで雰囲気のある世界だった。


 知り合ってから間もない日本人とその場でガンジス川に入ろうと言うことになった。バラナシでは宿で掛け布団をもらえず、夏風邪をもらってしまい、実現できずにいた。この機を逃すと、きっとせずに終わってしまう。水着に着替えて川に向かう。正しい順序を知りたくて近くにいた男性に教えを請うても「ただ入ればいいんだ」という答え。なら行きますか。一歩足を踏み入れると危うくコケそうになるほど、底は藻が茂っている。ゆっくり遊泳に励んだわけではない。ただ意を決して3度ほどスクワットのような動作で頭まで浸かる。決して口には入れまいときつく結んで、すぐに宿に戻ってシャワーを浴びる。体調を崩すのだとしたらいつ発症するのか。興奮が冷めると不安ばかりがやってくる。病は気から。そんな状況ながら、鏡に映る自分を見ながら「俺は絶対大丈夫」と唱える。


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 結果から言うと、一緒に入った方はその夜、本人曰く「インフルエンザとノロウィルスが同時に来た」と言うこの上ない体調不良、全身の関節痛に襲われ、呻きながら一晩を過ごした。そのことをビールを飲んで先に爆睡していた僕が知ったのは翌朝のことだった。辛そうな表情の彼は見るに耐えず、連れ添って病院へ行った。点滴を受け、帰って来たのは夜遅くだった。一方で何事もなかったかのようにケロっとしている僕を見て、その差に皆驚く。同じ時、同じ場所で沐浴し、同じタイミングでシャワーを浴びた、同じ国からの人間。地元の方がやられる可能性を「半々」と言っていたのは正解だった。もし自分の勢いで決めたその時間、場所によって彼が救われたことがあるのならば、この責任は自分にあるように思う。それでも症状、僕には遅れて現れ、それほど酷くないにせよ倦怠感、人生一の下痢には苦しんでいる。相方と比べると、これはもう無事と言っても過言ではないと思う。その理由を、ケニアで子供にもらったビーズのブレスレットをこの時もしっかり付けていたから。守ってもらったと思うようにしている。現地の子供達が飛び込んだり、水遊びをしているのを見ると環境は人間に驚くべき違いを与えることを教えられた。とにかく、海外旅行、日本で予行練習までして臨んだガンガー。1つの念願を叶えた満足感がある。


 なんとなく1日が過ぎてしまうような、のんびりした場所だった。川辺は道路から離れているのもあって、クラクションから解放されるのが何よりもありがたい。周辺にはバンコクほどのクォリティではないものの、よく日本食を出す店がある。ラーメンとあって頼んでみたら、ただインスタントラーメンを作って出されたりはするが、シャン亭というところで食べたカツ丼は本当に美味だった。気がつけば1週間も滞在してしまい、そろそろ居場所を変えようと思う。憧れていた南部は、ここで出会った人たちの情報から遠からず気温40度に達するということを聞き、迷い始めている。寒いよりはいい。ただここまで行くと、きっと室内に篭ってしまうだろうというのは容易に想像できる。一度少し離れたところにリキシャで出かけたのだか、交通量、喧騒に参ってしまった。その中に戻ることになるのは、少し気を重たくさせられる。


 物乞いをされることはインドでは頻繁にある。高台にいた時、下で5歳ほどの男の子が旅行客に対して何度も挑戦し、何度も断られるのを見ていた。何度も右に左に視界から消えながら、また何度でも戻ってきた。一度女性がお菓子を与えたことがあった、するともう一個をねだる少年。あとで少年は離れたところにいた母親と思しき女に1つを渡していた。暖かくも、それを命じている親の存在。同時に悲しくもあった。こんな確率の低い稼ぎ方を続けるほど、少しでもお金のもらえる仕事がないのだろうか。そこを知らずには取るべき態度が定まらないのだけど、特にまだ幼い子供にせがまれると胸は痛まずにはいられないので。それにしてもアフリカ、アジア。こんなことはもうたくさん見てきた。偉い方々、ぜひ彼らを救ってあげてください。


 広く知られていることなのかは分からないが、出発前に考えていた以上に薬物の勧誘を受ける。これまで行った国で、そういうことが一切なかった場所は皆無だった。高圧的に押し付けられたりしたことはないので、そこまで大きく心配することはないけれど、疲れている日などはこれが鬱陶しい。特にインドでは頻繁に起こる。実際に外国人旅行者でこれらを愛好する姿もたくさん見てきた。バックパッカーを志すなら、こういうことも不可分であることは知っていて損はないと思う。エジプトかどこかで「お前の顔を見れば、これが好きなのは一目瞭然だ」というようなことを言われた時は、本当に勘弁して欲しかった。


 バラナシで有名な日本人宿に結局4泊した。かなり汚いという噂は聞いていたが、シャワーも使え、1泊100ルピーというので離れられなくなった。明らかに洗われていない、硬い布団。虫や爬虫類の入り放題なこの場所は、これまでの経験がなく、日本から直接来ていたら無理だったと思う。慣れは恐ろしく、そこに求めるものは月日とともにかなり減った。今だけに集中することも簡単ではなくなってきたけれど、今一度、心を軽くして歩いていきたい。これがなかなか難しい。


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