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恋してる、いつだって

 忘れられません。最近は目を瞑ると、平らな大地が地平線まで続く風景、瞼の裏にくっ付いて離れない。そこに隙間なく並んだ大きなお皿、盛られた数々の日本食。これは初期から繰り返し言い続けていることですが、変化もあります。追求していけばいくほど、答えはシンプルなところに行き着いたりするもの。今僕が欲しているものは納豆ご飯と豆腐。朝から炊きたての白米によく混ぜた納豆をかける瞬間、そのルックス。暑かった日の終わりに食べる山葵醬油の冷奴。大豆製品素敵です。名ばかりで、魂の通わないなんちゃって日本食ではもう満足できないところまで来た。考え始めたら暗くなるだけですが、そして帰ったら当たり前のように食べるのですが。インドは特に美味しいということはありません。ましてや体調が悪い時に食べられるようなものはほとんどないので、困ったもの。自分は何でも食べられるからと当たり前に思っていましたが、こんなに日本のご飯が好きだったことに気がつきました。耐える他ありません。この強すぎる、叶わぬ想いが変に拗れるようなことが無ければいいのですが。


 ようやく本調子になってきて、些細なことにも笑えるような感性が戻りつつあります。この数日間、コンディション不良に加え、不運なことばかりが続きました。もう無理かもしれないと思いました。今すぐ帰ろうかとも、1番強く思った瞬間がありました。なんせ歩くのもしんどいような時もあったので。それでも長居しすぎたバラナシを離れようとアグラを目指してみたのですが、なぜか気がつくと電車を逃していました。その電車を追いかけるために他の駅にとお願いしたはずのトゥクトゥクは僕をさらに違う駅へ連れていきました。それでも翌日のチケットを、23時まで空いていると言われたオフィスに行くと既に閉まっていました。落ち込んで行くその間にあった細々したことにも気をやられ、その夜は駅近くに宿を探し歩く。カンボジアからの出国未遂から、そんなに時間も経たぬ中、本当にどうなっているのだろうというくらいどん底ですが、今回のことはほとんど自分が好んでガンガーに入ったせいなので、これ以上の自業自得もありません。


 ただこんな時こそ、身に染みる人の情。急遽泊まった所のオーナーが僕が弱っているのを察してか、とても親切にしてくれました。インドでこんなに客思いな人がいるのかと言うほどに。着いたのも遅い時間だったのですが、チャイやクッキーをふるまってくれました。食事を食べたほうがいいと、しきりに提案してくれた。食欲はなかったし、すぐにでも横になりたかったので断らせてもらって、寝たのですが、本当に嬉しかった。ただ親切も度を過ぎると面倒臭さと紙一重。翌日起きた僕に、体調の改善を見てか同じようなことを繰り返し言ってくる。「シャワーは浴びたか」「シャワーを浴びてないだろう」「シャワーは体調不良に最高だぞ」「もうシャワー入ったのか」またホテルをネットで評価してくれと「Googleで」「トリップアドバイザーで」「booking.comで」とまあうるさい。もう途中から露骨に受け流していたのですが、それでも言ってくる。細かい評価を気にしているけれど、そもそもロケーションに問題がある。なんてことは思っても言えませんでしたが。電車までの時間、夕方5時までベッドを使わせてくれたりと、本当に感謝してもしきれません。出してもらった食事もほとんど喉を通る状態ではありませんでしたが、この日薬局で購入した抗生物質のおかげで、ここから回復に向かいます。


 前日と同じ時間の電車にリトライ。心配で人に尋ねまくり、万全の予防線。乗車完了。その中でも素敵な出会いがありました。同席だった同じくアグラへ向かうイスラエル人のアレックス。彼がとても魅力的な人間で、飽きることなく楽しませてくれました。日本文化への理解も深くて、久しぶりに村上春樹の話題になる。彼以外の作家の話は海外の方から聴いたことがないので、村上さんの海外進出戦略は見事なまでに成功していると感じました。イスラエルに行った時には、そういう人に出くわすことはなかったので不思議ですが、海外で旅をしているイスラエル人は、僕の会った限り、見た目から派手にロックでそれでいて優しいという最高な人たちばかりです。髭やタトゥーがよく似合い、果物などを分けてくれる。日本人ではなかなか出せない'旅人感'を彼らは会得しています。ここのところスリーパーというグレード、寝具などはなく3段ベッドになる車両を使っているのですが、気温調節が難しく、もとはと言えば熱いインドで鼻水が止まらないのはこれのせいです。長い編成の中で、きっとみなさんがイメージされるような、立ちっぱなしで人が溢れているような車両もあります。さすがに屋根に乗るような光景は見たことがありません。基本的に移動は長時間になり、荷物もあるので、寝られるような車両に甘んじています。早朝6時の到着予定は驚きもなく遅れ、11時ごろになりました。


 アグラと言えば、何と言ってもタージ・マハルです。インドで最も有名な建造物と言って差し支え無いと思います。そこから歩いて2km範囲内にあるところに宿泊し、ちょうどこの日はタージ・マハルが休館だったのもあり、初日は到着後休むばかりでした。アレックスはその日のうちにこれを見て、夜には街を後にすると言っていたけれど、一体どうしただろうか。この宿はもうはっきりさいやくでした。シャワーは出ない。ドミトリーなのに、ドアは内側から嬢をかけない限り開きっぱなし。何より、窓が壊れて隙間があり、夜間の蚊の量が尋常ではなかった。一度蚊取り線香をもらったものも一晩は保たず、顔も腕も足も刺され放題。刺されすぎた時は、何か肌が強く乾燥してカサカサになるような感覚があるのですが、それに陥りました。僕は中東にいた短期間以外、基本的にずっと蚊と闘っています。日本で冬が楽しまれている間も、疎まれ始めてからも。スタッフはとても良くしてくれたのですが、このせいで寝不足。前日インドネシア人のチカと朝日に照らされるタージ・マハルを観に行こうと約束していたのですが、すっぽかしてしまいました。もう一泊は無理だという判断を下し、朝から夕方の電車を手配する。


 ようやく10時ごろから1人で向かいました。手前から道が綺麗に舗装されていて、それをまっすぐに進むばかり。途中チケットオフィスがあって、人がたくさん並んでいました。少しお高め1000ルピーを支払って、また歩く。だんだんとその姿が見えてきます。大きな門をくぐると教科書で何度も見たあの建物が。白というのは汚れやすく、それを綺麗に保つのにはかなりの努力が必要だと思います。それが果たされているこの場所は、有名なだけあって来られた喜びも大きなものでした。その墓標だけでなく、水の通った広場に、木々に至るまで気持ちよく整えられている。世界的な場所だからぜいたくは言えませんが、やっぱり人が多いのは苦手だな。このご時世です。どこにいってまでも、老若男女、セルフィーや写真撮影のためポジションどりに必死。見るに耐えない光景です。それても団体でいる人たちへの嫉妬なのかな。木陰で休んでいると警護をしている兵士の方が話しかけれてくれて、タージマハル内部にもスムーズに入れてもらいました。ムガル帝国、シャー・ジャ・ハーンにより竣工。イスラームを信奉した国だけあって、装飾や様式はモスクと通ずるところがたくさんありました。つまり好きです。大理石をこれだけふんだんに、莫大なお金がかかっていることは想像に易い。王の力というのは、その時代に造られたものから理解することができます。四角形、均等に配置された諸々、近くにいても、離れてもゆっくり眺めていました。


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 その後は宿でチカと合流してトゥクトゥクハイヤーし、他にある名所を周ってもらいました。城跡は近くに行ったものの入場料から断念。ベイビー・タージ・マハルと呼ばれる、シャー・ジャ・ハーンの祖父によって建立された墓標。名前の通りかなり小さい規模ですが、類似性がたくさんある。人が少ないぶん、座りながらのんびりできたのがよかったなあ。内側は大理石ばかりでなく、細緻でより時代を感じる飾りがされている。あまり公言していないことですが、インド文様、幾何学模様をいつまでも見ていられるフェチを持つ僕は、天井を見ているだけで非常に楽しめました。その他にもいくつか、お土産屋なども周って、宿に一度戻り、そのまま駅まで連れて行ってもらいました。一生懸命説明をしてくれた運転手。若々しいルックスに年齢を聞くと16歳。「免許は?」「持ってないよ、インドでは普通のこと」「警察は?」「お金を払えば大丈夫」こんな人たちに命を託すのだから、簡単なドライブでも少し覚悟がいるかもしれません。彼は無免許ながら稀に見る優良なドライバーでした。そんなこんな1泊で次なる街、ジョイプールへ。アグラではタージ・マハルさて見られれば満足です。


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 鳥に翼があって飛ぶことを羨ましく思います。それでも金子みすゞさんの詩ではありませんが、2足歩行ができる動物として、歩くことに大きな喜びを感じられたら、なんだか毎日楽しく過ごせそう。