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空を見上げれば

 ジョイプールのホテルで予約し、6時ごろと言われていた電車は実際には5時20分発だった。起きられないかもしれない不安は、眠りを妨げ、自ら起床の難易度を上げていく。我慢比べ。高校時代の友人、旅で出会った人、松本人志というまさに夢でしかありえない組み合わせ。素のままの指をバナーで指を炙り、何度まで耐えられるかという、恐ろしい我慢比べ。僕は現実の如く一瞬で手を離してしまうのだけど、対戦相手たちは各々違った表情で挑み続ける。止まることなく上昇していく温度と苦悶の表情に目を背けたくなった時、スピッツの「空も飛べるはず」でこの世界から解放された。4時40分。ここはドミトリー。思っていた以上に高音で鳴ったアラームに、眼が覚めるとほぼ同時、申し訳ない気持ちになる。2段ベッドの上段にいて、軋み方から下の人を起こしてしまったことがわかる。昨夜あなたのいびきに悩まされたこととで、どうにかパーにしてほしい。着替えて、部屋を出、寝間着をバックパックに詰める。スタッフも寝たままだったけれど、親切なのか、不用意か、ドアと門はしっかり開いていた。


 人通りが少ない時間は、いつも以上に野良犬に気を使う。遭遇し吠えられる嫌なイメージを抱きながら、幸い無事に大通りに出られた。インド5時の空は夜のもの。空は限りなく深い青に覆われている。駅までは歩いて15分。苦痛の伴った早起きした甲斐は、電車の2時間近い遅延のために薄れていく。普段はプラットフォームに入ってくる列車の番号が電子掲示板に表示される。それを唯一の頼みに乗車する。遅れた場合はそれが映らないことがもっぱら。東西へ向かう自分とは無縁のものたちを3本ほど見送った後、やってきた自分の目的地に向かうと思しきものに、半信半疑で大量に人が乗り込む中、走り出した電車に何とか体を半身だけねじ込むような形で乗車。指定席のはずが、夥しい数の人で溢れた車両、自分の席であるはずの場所も何食わぬ顔で先客が居座っている。幸い、あっけないほど素直に空け渡してくれる無血開城。ようやく横になることができた。寝起きでこんなことができるようになた今の僕は、きっと何にでもなれるだろう。これが本当に自分の乗るべきものなのか、そんなことにすら確証は持てなくて。ただそう信じて、きっと電車は砂漠へ向かう。


 ジャイサルメール。知っている人は知っている。そんな街は砂漠のオアシス都市です。プラットホームに降り立った感想は、暑い以外にはありませんでした。当然砂漠ですが、これはもう人生で最も暑いところにいる瞬間ではないかと思います。そんな環境を生かした環境業で回るこの街は、駅を出るとたくさんのホテルのスタッフたちが待ち伏せ、勧誘。無料で連れていってくれる。その中に僕が予約していたところもあり、スラップと知り合う。同じジープには声が出そうなほど可愛い韓国人が乗っていて、同じところと期待したものの、スラップと僕だけ先に降ろされる。そう上手くはいかない。彼に「あの子すごく可愛かったけど、違う宿なのか」と落胆を見せると「確かに可愛かった。もう1人はデブだったな」この正直者を僕は信じようと思った瞬間でした。


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 灼熱、その中である人は言いました「40度なら、まだ涼しいほうだ」それでも日中は何をする気も起きない。部屋にいても、エアコンなどは一切なく、汗が止まらない。寝ることもままならない。開き直って日光浴をしてみても続かない。ただ屋上からは見晴らしがとてもいい。そして洗濯物が瞬く間に乾くという利点もある。洗わずに放っておいたシャツたちを、砂漠特有の塩の効いた水道水で。フォリーでピンクに染まったものは、まだきれいになりません。恐るべしピンクの塗料。ここでの目的は1つ、キャメルサファリに参加すること。他の観光地とは違い、低価格で一晩砂漠で過ごすことができます。あの正直者にお願いすると、親切な説明の後「サハラ砂漠を想像するな」やっぱりこの人は正直だ。もう笑えるくらい。要するに、全く草木がなく四方砂だけということを望んではいけないみたい。タール砂漠。そんなに聞く名前でもないし、しょうがないよね。翌日の昼から、この日は日没後に少し散歩をしたくらいです。この街にも砦、フォートと呼ばれるものはあるけれど、さすがにこうもあったら見飽きます。


 昼過ぎから別のホテルへ連れていかれ、ここからジープは出発します。幸いにして、日本人の方も2人参加されていました。他にアメリカン美女2人、カナディアン美女1人。計6人で。思ったよりも近いところで降ろされて、そこからはラクダに乗って。乗ってやるかと思っていたこの巨大な生き物に2度までもまたがって。ここで合流した添乗員、はっきりとした見覚えが。え、スラップ。なんと弟さんでした。少し気持ち悪いくらいに似てる2人。兄弟揃って女好き、最高でした。隊列を作って進むことしばらく、砂の多いところにきて、休憩だと思ったら今日はここで寝るらしい。ラクダの縄を解くと早速ラッシー、さすがはインド人。手際よく、マキと鍋でカレーを作り始める。広大ではないものの、確かに僕らは砂漠にいて。雲に遮られた夕陽は残念だけれど、それがもたらす美しさもある。僕はこっちの方が好きだと思いました。巻き毛のようにカールした雲が赤に染まり、目を離せない黄昏時。そして徐々に星が輝きはじめる。食後は何時間も1人で砂漠に仰向けで寝て、ただ上を向いている。どの方角にも、人工の光が見えて、季節的にもこれまでで一番というような星の数ではなかった。でも誰にも話しかけられない、そして屋根などなく、それを眺めながら寝られるという経験は素敵でした。流れ星は、日本にいてとても貴重なものだと思ってきたけれど、特に珍しいものではないらしい。既に人生で二桁は見てきたと思うから、特別とは思えないけど、やっぱり綺麗ですね。何故だか頻繁に目を覚ましながら、目覚めれば朝陽が待っている。寒さのおかげでしっかり起きられました。朝食を済ませて、またラクダ。現実世界に戻っていく。もう乗ることは無いだろう。


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 サファリで一緒だった日本人の方に有名なラッシーの店に連れて行ってもらう。インド人もスイーツがお好き。壁にかかったメニューの文字は一切解読不可能だけど、それぞれアイス、ラッシーなどを蓄えた髭につけながら、美味しそうに食べている。ラジャスタン地方でしか食べられないというこのラッシーは、他のものとは違い黄色い色をして、スプーンですくう、濃厚なものでした。これならバケツ一杯でも食べ続けていたのだけど。コップに入っているから、食べるほど目に見えて減っていくのが、これ以上に当たり前のことはないけれど、悔しい。店を出て、お別れ。インドで、パキスタンとの国境付近まで行って、日本語を話すことができるのだから、自分のしていることは全然特別なことではないように感じます。どこにいっても、同じ国からやってきている人はいる。きっといないところなんて無いのでしょう。宿で荷物を背負って、さよならジャイサルメール


 電車の中で知り合ったインド人、クリシアンはそのイメージを良化させてくれました。インドについてたくさんのことを教えてくれて、日本への興味も示してくれる。失礼ながら、これだけしっかりとした意見を語ってくれる人に、初めて出会いました。特に言語について、22の公用語と、数え切れないほどのその他。同じ国民でありながら、話が通じ合わない面白さ。体感として、ピングリッシュなど言われますが、英語を使える人の数も決して多くありません。話題は多岐に渡りましたが、また少しインドを知ることができたように思います。なんて事のない、デリーまでの18時間。彼は地元の料理をと、夕食、朝食まで奢ってくれました。こういう体験の積み重ねが、きっと僕を前に進めてくれる。


 4月1日です。エープリルフール。「ただいま」なんて誰かに連絡しようかなとも思ったのですが、活力は消え入りました。正月なんかよりも新しいもののはじまりを告げられてきたこの日に、今まで学年、境遇は少なからず変化があったのに、今年は何も変わらない。僕は同じところに止まったまま、少し離れたところでふと思う。就職、進級、入学、頑張れ。