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あなたへと続く道

 同じゲストハウスに宿泊しているお姉さんの腕にタトゥー発見。これ自体は珍しいことでもなく、むしろ当たり前のような光景。掘られているものは、遠くからだと、一見「人」という文字が隣り合わせに4つ並んでいるよう。わかる人ならわかる。アビーロードを横切る"あの4人"の姿です。今僕が滞在しているリシケシ。ビートルズのメンバーたちが50年近く前、マハリシのもと、瞑想に励んだ街。単純な僕も、それだけの理由で吸い寄せられて、より上流の、汚くはないガンガーを見下ろしながら生活をしています。


 ジャイサルメールでのキャメルサファリを終え、その日のうちに列車でデリーに移動しました。首都ニューデリーもすぐそこに。都会に戻ってきた僕の感情は想像してもらえると思います。煩い、臭い、疲れる。幸い砂漠から暑さだけは少し和らぎましたが、それでも40度近い。駅を出るなりに見慣れたはずの人の数に、改めて圧倒される。この国の中でも特に詐欺師が多いと言われる街。やっていける自信は全くありません。駅から出るなり、すぐ近くのところで30ルピーのボリューミーなカレーをいただき、そのまま翌日のバスを予約する。直接は電車がなく、経由せざるを得なかった。今すぐに抜け出したい。インド経験者の友人と意見が一致したこと、北インドの都会にいると自分の性格が荒んでいくのがよくわかります。そうさせる街も、そうなってしまう自分も気持ちいいものではありません。1泊予約してあったゲストハウスは"ママ"と呼ばれる、ここでは絶対的な力を握ったおばあさんが青年たちを働かせ、自分はほとんど1日中ベッドの上。腕なんかにも、考えられないほどの贅肉を蓄えています。着くなり軽い面接のようなものがはじまり、ドミトリーを予約していたのに空いていないと言われる。ほぼ同額でシングルになったので文句は言えませんが、完全に上からの一方的なものいいに「もうむちゃくちゃ」日本語でツッコんでしまう。


 翌日のバスは午後9時発ということもあり、荷物を置かせてもらい昼過ぎから街散策。と思って出かけたのですが、足元がなんだかフラフラ。肉、タンパク質が足りてないという安易な原因推測、マクドナルドに入って栄養補給。気温のおかげか、日中はそこまで人は多くない。多くなくてもクラクションは静まらない。歩きやすくはあったので、またもやシャー・ジャ・ハーンによって建てられた通称"赤い城"へ。時間がかかったわりに、近くに着くと全貌が見渡せるところがあり、腰を下ろす。地元の青年たちが近寄って来て、囲まれる。全く言語の通じない中、戯れているうちに「帰ろう」と思いました。結局中にも入らずに退散。ネットに載っている写真はどれも外から見られる部分のものだったので、内部はたいしたものがないと信じて。宿の近くでジョッキ一杯のミックスフルーツジュースを飲む。もう満足。まだ時間もあったのですが、のんびりと椅子に腰掛けて。先のことを考えながら、暇つぶし。考えると目前にヨーロッパが待っています。途上国ばかりの4ヶ月から、あと少しで違った世界の中に入る。金銭的な心配は付き物ですが、楽しみになってきました。どう辿るか、今まで以上に悩ましい。決めいるのはイタリアでミケランジェロピエタを必ず観る。それだけです。


 やっとの事で時間が来て、トゥクトゥク移動、駅そばへ。トゥクトゥク移動、バス停へ。このバスが端から時間を守らないことから始まり、本当に酷かった。流石にどこにでもあったシートベルトさえ付いていない。悪路を高速で、何度もガタガタ揺れて寝られるはずもない。エアコンの温度がかなり低く、凍えるほどなのに壊れて止まらない。これらの悪条件に疲労の溜まった体は悲鳴を上げていました。そして直行のはずが途中で降ろされて、待たされ、乗り換え。自分自体を落ち着かせるしかないのですが、朝6時頃到着した新しい景色に、早くも助けられる。川に大きな橋が2本かかり、両岸に造られたから小さな街。ヨガの聖地として有名なこの街は、インドとは思えないほど穏やかな空気が流れている。


 とは言え、寝不足。部屋は12時からしか使わせてもらえず、それまで上階のカフェで時間を潰す。幸い何冊か本が置いてあったので、辞書片手に程よく時間が過ぎました。シャワーを浴びて一眠り。2時半ごろに目覚めて、出かけました。目的地は初日から、他にないのもあってビートルズが過ごしたアシュラムへ。今は廃墟と化して、国立公園の中、50ルピーほどかかるという情報を持っていたのですが、いざ30分歩いて着くと600ルピーと書かれている。きっと最近変更されたのだと思います。国立公園に約1000円というのは、決しておかしくはないけれど、インディアンプライスからすると、本当にふざけている。されども、これをメインに来ている僕も、簡単に諦めることはできない。「高過ぎないかー」相手が何人だろうと、不満は日本語で口をつく。何を隠そう結局入りました。


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 入り口で引き返す外国人がほとんど、ほとんど人のいない中坂道を登っていくと、早速ジョンが瞑想に使ったという9番と描かれた建物がお出迎え。さっきまでの不満は何処かへ行って、不思議な高ぶりを覚えて入ってみる。かなり狭い中にトイレもあって、2階建。ジョージとジョンは特にインドの文化に傾倒し、長期滞在。ここでの成果から創られた曲はたくさんあると言われています。彼らが200近い人を連れ、ここにいたのは1968年の出来事。50年。後にマハリシも手放して人出の入らなくなったこの場所は、噂の通りの廃墟。彼らの背中を追いかけて、ここを訪れたビートルズファンなどによりたくさんの落書きがされています。この部屋も同様に。それでも彼が当時確かにここにいた。同時代の人間にアイドルを持たない僕には、ジャニーズ、AKBなどに熱を上げる人たちと、きっと少し似た想いで、生まれた時にはこの世にいなかったその人の存在を確かに感じる。先にもいくつかの建物があって、どこも入り放題。敷地に5人ほどしかいない中、一生懸命、上ったり下りたり。知り合ったインド人の青年と2人で進む。展示などはありません、ただそこに感じる。馬鹿かと思う方もいるかもしれませんが、嬉しかった。


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 沈みゆく陽を受けて、同じ道を歩いて帰る。聖地になるだけの雰囲気を感じて、平衡を取り戻した感情は優しく。帰ったら続く日本での生活、今だけのこの日々に。とにかく今を楽しまなければと、一番大事なところに帰らせてもらう。ただ先ほどの出費は少し引きずって、屋台でりんごを一つ、ガンガーのほとりに腰を下ろして晩ごはん。3泊することにしたので、また明日から。近くにはヨガや瞑想の教室がもういくつもあって、当日数時間の参加もできるらしい。そんなことをしてもいいだろうし、今の気持ちを保ちつつ、たまには頑張らなくてもいいでしょう。ただ感じるだけでもいいでしょう。インドで一生懸命ヨガをしている僕を、想像したら笑える人もいますよね。


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