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Italy! WHOOOO!!

 LCCとは言え、座席にポケットすらついていないのは初めてでした。安いから文句は言えないけれど、色調がもう安さ丸出し。もっとシンプルにすれば、マシに見えそうなものです。濃い青、ネービーと黄色の組み合わせ。100均で売っている安い工具みたい。機内で当たり前のように電子タバコを吸う人がいて、甘ったるい匂いに包まれる。安さを理由に振る舞いも適当だったりするCAさんたちですが、誠実な姿をみると好感が跳ね上がる。もちろん水ももらえないまま、あっという間にイタリアに到着。引っかかっていたことは出国の際にパスポートコントロールがなかったこと。到着しても、それらしいもののないまま出口にたどり着いてしまう。不安になって受付で尋ねると、EU諸国からの入国では必要ないとのこと。便利だ。パスポートに判子が増えないのは残念だ。そんなことはどうでもいい。僕はイタリアにいる。建物を出て少し歩くと、自然と笑みがこぼれてきて、「Italy! WHOOOO!」とそれなりにいい発音の英語で勝手に声が出ました。キャラ崩壊、恐るべしイタリア。これまでアフリカ、アジアと先にやってきましたが、半ば修行のようなところもあって。贅沢なご褒美をもらっているような気持ちです。アフリカにいられた時とは違う喜びを噛み締めています。


 道を間違えたのか、そもそも普通は使うものではないのか。空港の周りをバッグを背負って3km歩いて駅へ。歩道もないような道路だったので、きっと間違えていた。途中でバイクのおじさんが横に止まって、「乗っていくかい?」と言ってくれる。断ったものの、イタリア人のかっこよさに惚れかける。一層明るい気分になって進み到着。報われて、安い価格で中心部まで行けたので、よし。トルコからすでにその兆候はあったのですが、さすがはヨーロッパ。かなりの割合でオシャレな人ばかり。旅中の少ない荷物で対抗することはできません、自分のクローゼットがここにあったなら毎日服を考えて出かけたい。今はもちろん叶わないことですが、いつかできるなら、そういう旅行を大切な人と一緒にできたらいいななどと純粋に思ったりする。今は着古したシャツで、人を気にかけない単独行。


 宿が近づいて、一つ驚いたことがあります。立地はかなりいい。有名な闘技場、コロッセオには10分ほどでたどり着くところにある。それなのに、駅に近い区画、店を営んでいるのはほとんどが中国人。イタリアではあるけれど、彼らは当然のように中国語で会話をしている。思っていたなかった光景に、いる場所の実感は少し薄れる。移民を受け入れるイタリアは、それ以外にも通りにはアフリカ系、アジア系の人がたくさんいる。純粋な白人よりも多く。こういうことか、少しわかった。ゲストハウスのオーナーもアジア系。従業員もみんな。部屋はまだ使えないから、荷物を置いて夕方まで出かけてくれと言われる。慌ててロビーで情報収集。おかげで初日からローマを満喫することになりました。


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 世界中の観光地の中でも、この街はトップに近いところに位置するということは知っていた。でも、だからどういうことになっているかというのは想像が及んでいなかった。昼過ぎのピークタイム。もうどこも人で溢れていました。まずはコロッセオに向かったのですが、もちろん予約してない僕は、かなり長い列に並んでチケットを購入できるのを待たなければならない。列に並ぶのが好きではない僕も、やっぱり中は観たいので。それにiPodで音楽が聴いていれば、そんなに苦痛ではない。間に次から次へと割り込んでくる人がいないぶん、かなり気持ちは楽です。そして入場。ここはかつて人が殺しあい、それを観て人々が熱狂した場所。僕が今まで触れてきたものの中にも、ここがモチーフであったり、まさにここが舞台であるという作品が少なからずありました。今は崩れてしまっている部分はたくさんあるものの、スタジアムの3階席、4階席と言えるような高さまで、当時は席が並んでいた痕跡が残っている。人が多い、自撮り棒の数が多い。この今では世界的に人気のある商品は日本が発祥であることを知り、複雑な気分になりした。順路がよく分からず、何度も同じところをグルグルとまわりながら、ローマ時代を光景を浮かべる。外周からも、内部も石造り。この大きさは他に比べるものがないくらい。


 後にして歩いていったのですが、これはもうなんというか、数の暴力です。あまりにも有名なスポットが多すぎる。歩けば歩くほど、画面越しに見たことのあるものの実物が現れる。まずは真実の口。皆さんご存知「ローマの休日」で登場するあの石像。どこにあるかは遠くからでもわかりました。教会の前に設置されたそれと記念に写真を撮ろうと、かなり手前の地点から行列ができている。1人で並ぶわけはないので、人が入れ替わる、前が開いた瞬間に一枚パシャり。角度を変えてもう一枚、今だ。そのタイミングで、アングルにスマホの画面が割り込んでくる。考えることはみんな同じです。一度川沿いに出て休憩。一生懸命撮ってきた写真も、ここにいたらどんな角度を切り取っても、きっと誰が撮ってもしっかり画になる。激しい流れの川で、釣りをしている人がいる。釣れている様子は見受けられない。


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  そこからは方向を東に変えて、宿まで戻るついでに有名な広場を巡る。水を売っている店以上に、ジェラート、アイスクリームを売っている店の方がたくさんあると思う。この誘惑に堪えるのは大変だ。行き交う4割程度の人が、それを舐めながら進んでいく。ナヴォナ広場。スペイン広場。楽器を演奏する人、ダンスを踊る人。絵を描く人。それらを眺める観光客。パフォーマンスが終わると温かい拍手が送られる。同じ都会であるけれど、日本にはこういうスペースはあまりない。あっても休日以外、立ち止まることもほとんどないだろう。無知もあって、名も知らない建物たちがいちいち立派である。もう叶わないと思う。これが綺麗だと、生まれた時から刷り込まれてきたのか、これが人間にとっての純粋な美しさなのか、よく分からないなる。日本でもお馴染み、トレビの泉。後ろ向きにコインを投げ入れると、またローマに来られるという。前はぎっしり埋め尽くされて、投げるには遠投をする必要があったのでこれもお預け。また来られたらいいと思う。今度は絶対1人ではなく。


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 リンゴを一つ買って帰る。途中で我慢できなくなって、道端で食べる。ピザを一切れ買う。その場で食べる。"When in Rome do as   the Romans do."いつからか道で鼻をほじる事に抵抗を覚えないようになっていた。そんな事は、他の事に比べてとても瑣末なことだった。今、己自身を鑑みるに、その悪しき習慣は環境に合わせていつの間にか消えて無くなっていた。育った環境だけでなく、日々いる環境によって人は変わる。定まってないからなのか、僕は変わる。南米に行ったら、またほじってしまうかもしれない。そして日本に帰ったら、間違えなくそれを止める。体得したことが、元の生活に戻って悪目立ちしないかという心配もあったけれど、そんなことはきっとないだろう。もうすでに1週間前までインドにいたことが信じられない自分がいる。