ヨーロッパの花束

 朝早くのバスに乗るため、前日の食中毒らしきものの吐き気を残したまま歩く。バックパックを背負って、30分ほどの道を。僕が確実に毎日していると言えること。世界のどこかをもらった足2本で歩いている。そして清潔、不潔のバリエーションは豊富ながらベッドで眠りにつく。もしくは何かに揺られて越す夜に、難易度の高い眠りを獲得しようとする。これから向かうのは「ヨーロッパの花束」、ルネサンスの中心地として知られるフィレンツェ。前回と同じバス会社、ありがたいことに無料のWiFiが付いている。これはアフリカのバスにもあったことなので、まさにヨーロッパだからということではありませんが、快適さ、運転の質、時間の厳守ということも相まって、乗ることが嬉しいと感じられる、幸せな移動です。途中、バスの正面から白いものが降りかかるのを見て、自分は北に向かっているから寒さは増すはずである、もしかして雪か?などと、寒いことが苦手な僕は暗い気持ちになっていました。休憩で泊まったところでバスを降り、寒くないことに違和感を覚える。道路脇に溜まったものを見て、正体に気がつきました。綿が降る。と思ったら、後で調べたところポプラの綿毛のようです。大きさからも、こんな綿毛があるのかと。量から、相当な生えているということなはずなので、群生を見られたらと思いましたが機会には恵まれませんでした。


 到着した昼過ぎ。宿に向かう。ヨーロッパのゲストハウスは並んだ建物の数フロアが当てられているのが大抵で、一戸建てというのはまだ出会っていません。防犯の面から、通りに面した入り口にインターフォンが付いていて、それを押してコンタクトを取ることになります。入り口が複数個あったり、同じ名前の建物が並んだりと、探す時点で苦労することもあります。今回は、地図で示されていた位置が正確でなく、たどり着くのに時間がかかった。そしてインターフォンを何度押しても反応がない。そういえば、何か特殊な順序を踏むと注意書きにあったホステルがあった。計画性のない僕も、早期予約せずには安宿を得難いヨーロッパで、1ヶ月近く先までのホテルを10カ国近くに跨って予約してあります。この作業には相当苦戦させられました。そしてメールボックスにはそれらのホステルや予約した交通手段から届く確認メールでもうすごい量になっています。近くでネットの使えるファストフード店を探し、遡ってメールを探す。なるほど短いスタッフ在中時間以外は、メールに示されたパスワードを入り口で入力するらしい。先ほど開けることに苦戦して、向かいにあったレストランのオープンテラスの客から注目を集めた所にトボトボ戻り、今度は迅速に解錠に成功する。鍵などは名前の書かれた紙と一緒に無人の受付に置かれ、誰も管理人がいない宿。これはしっかりとした設備がないとできないことだ、さすがはイタリアと感心する。


 ここには一泊、翌日には移動をすることにしていたので着くなり観光。まずはドゥオーモ。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。長くて覚えられない。あのレオナルドダヴィンチが設計に携わったと言われています。僕が高校生時代に使っていた世界史の資料集、その表紙も飾っていました。白地にシンプルな緑の模様。オレンジ色の屋根。四角さが目立つ土台に乗っかるドーム。建築様式などに通じていれば、ヨーロッパの街散策はより楽しめると思いますが、僕の習った知識はもうどこへやら。他に見たことのない形をしていました。高さもあり、立派ですが、周りの建物との距離が近く、上手く写真に収められません。さらにもう慣れたものですが、ここも工事中というおまけ付き。世界の遺産の3分の1ほどが改修中なのではないかというほど、殊にヨーロッパに来てからのツキのなさは悲しいばかりです。まあ僕1人ということではなく、周りにいる人全てと共有できる残念さなので、少し気は楽ですが。


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 続いて宝石店が並ぶヴェッキオ橋へ。場所と名前を旅行前から把握していたわけではありませんが、イタリアはどこも見たことがあるんです。きっとテレビ番組を通じてだと思いますが、そういう所に自分がいるということにまだいまいち馴染めていません。橋の手前から見る橋全体も、橋の上から眺める景色も素敵でした。フィレンツェで最古の橋、700年近く前に作られたものであり、第二次大戦で唯一残った橋でもあります。イタリアは日本と同じく敗戦国であり、同じように戦時中多くの建造物が破壊されています。日本は焼け野原の中に全く新しい都市を生み出したのに対して、ヨーロッパでは元の形に戻そうと試みる決定的な違いがあります。特に旧市街と呼ばれるかつて栄えた場所はそのままに、離れた所に現代的な建物が建てられています。日本だとパッと思いつくのは三菱一号館や東京駅といったところでしょうか。僕としてはヨーロッパの都市にあまり違いを見いだせず、早くもマンネリ化しつつあるのですが、やはり屋根の色、高さ、窓のつくりなどによる統一感は何とか美しいものに移り続けています。次は水の都ヴェネチアなので差を期待です。帰ったら改めて東京を見たいという気持ちにもなっています。


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 この日はこれらの近場の観光で終え、翌日は美術館。3時にはバスに乗らなければならなかったので、数ある美術館の中でメディチ家のコレクションを展示するウフィツィ美術館展へ。悩んだ挙句ミケランジェロダヴィデ像はスルーしてしまいました。こちらにはサイゼリアの壁紙などでも見る、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」が収蔵されています。カップヌードルのCMでもありませんでしたっけ?その他にも「春」などを始めとする彼の作品、好きな画家の1人だけに僕はふざけた踊りを踊りたくなるような陽気な気分。本当に立て続けにこれらを前にできる日々というのは、何とも贅沢です。イタリア人、贅沢です。もう当たり前のように、当日券の僕はここでも2時間並びました。たまには有益なことを言います。短期の計画された旅行をする際は、ぜひ早めにネットでチケットを予約しましょう。説得力はありませんが、絶対にするべきです。彼の作品を前にするということを、1年前まで全く予想もしていなかった中、実際に前に立っている自分。「春」の右端に配された女性のまとったヴェールの巧みに描かれた様に1番目がいきました。レオナルドダヴィンチ「受胎告知」も展示されています。僕の女性画を観る基準はタイプであるかどうかということです。そんなことでいいのか、自分なりに楽しめればいいと思います。その中で歴史的に評価されている画家というのは、やはりどれだけ多くの人が顔、体を綺麗だと感じるか、好きかということだという持論。時間に余裕もなく終盤はタイプの顔があれば足を止め、作者をチェックなんてことになってしまいました。規模が、必要ない時間が日本のものとは比べのものにならないほどです。


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 そんな中で足早に次の街へ。7日間で4つの都市。避けられないことですが、早くも人の多さ、都会への疲れもあります。1ヶ月以上、都市を詰め込んだ計画。変更へと心が動いています。楽しみながらもヨーロッパ、のんびりさを望んでしまうのは僕だけではないはずです。