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規則正しい生活と感受性

 ヴェネチアの朝は遅い。数少ない開店しているカフェでコーヒーとクロワッサン、1日のはじまり。寝起きは脳が働くゴールデンタイム。お釣りが10ユーロ少なかったことにしっかり気がつく。肌寒い気温に対して、日向ぼっこの対抗策。広場のベンチに座って、他人の目覚め、アラームが鳴り響く音に耳をすませる。自分の1日の方が長いという得した気分になる。石畳が敷き詰められ、車の走らないこの街では、目を閉じても人の動きがわかる。人の多いところは同じ音しかしないと思う。9時近くになって、その音は少しずつ賑やかに。ヒールが進む音がよく響く。僕の前では黒いスヌードを巻いたような鳩が遊ぶ。綺麗なのか、汚れているのか。あまり特徴のない風景に視線を置いていたけれど、振り返ったり、上を向いたり。そこには自分を満足させてくれるものがあるかもしれない。


 出発直前に地図を見て、「水の都」本当に海の上にあるのだなという再確認。バスも橋を渡った入り口と言えるようなところまでしか入らず、街には車がありません。移動は水上タクシー、ゴンドラなどが一般的。このタクシーがもうハリウッド映画の主人公が乗りこなすような格好いいものばかりです。到着すると雨がポツリと降り始め、間も無く激しい雷雨に変わりました。最初は大丈夫だろうと進んでいた僕も、勢いを増す相手にお手上げ、雨宿りして傘を取り出す。4kmばかりの道のりのはずが、ここは迷路です。細い通りが入り組み、いくつかの島を掛かる橋によってなっているこの街は、行き止まり、一歩間違えれば遠回りと簡単にはいきません。休みながら、何度も引き返すようなこともありながら。イタリア語で道を尋ねられる。僕がそれを解すると思いますか?ただ、いい気分です。悪いことばかりではありません。これだけの観光地も雨のおかげで人のいない風景を満喫することができました。ずぶ濡れになりながら。翌日、晴れると簡単には前に進めないほどの人がいる。21時ごろにようやく到着。本土にある宿なら多少安いところもあったのですが、どうしても島に泊まりたくて、普段より奮発。他にどうしようもなくドミトリーながら一泊3000円ほどの宿でした。なので期待もする。この価格ならと。あっけなく裏切られ、ただ立地がいいというだけ。綺麗とは言えない、ありきたりのドミトリー。ここには2泊、いられるだけで嬉しく笑えてしまうような街シリーズの続きです。


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  翌日朝起きて、完璧な朝食への流れ。その時の心境をはじめに置きました。ここも歩いていける範囲に名所が固まっているから、移動を歩きだけで済ませられるのが嬉しい。ただまっすぐばかりは進めないのが、少しもどかしいところです。長いこと時間と距離の問題で、1日ひとつの名所をこなせば終わりな日々を過ごしていました。そんな生活はガラッとかわり、1日のうち、ひとつを終えれば次へ。そしてまた次へ。24時間には収まらないだけのものが徒歩可能距離にあり、多く入場料が必要。交通費の代わりに、これがかさみます。重要と思えるポイントにはとりあえず行ってみて、そこからひとつ、ふたつは中まで見学していくというのが今のスタイル。さすがはイタリアは、ここにもやはり美術館が充実していますが、今は満腹。しばらくは遠慮したい。まずは寺院のあるサン・マルコ広場へ。人の数に驚かされます。モザイク画の施された寺院は、シンボルとして強い存在感を放つ。美術館やレストラン、ショップが並び、限られた土地の中にヨーロッパ、イタリアらしさが凝縮されています。マスカレード、仮面舞踏会でも知られたヴェネチアでは、露店にもマスクが飾られていたり。ショーウィンドウの奥に並ぶガラス細工たちと、他にはない"らしさ"、"個性"を与えられています。悪ふざけで、被って驚かされた日には、トラウマになりそうです。やめましょう。


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 近頃は見た目なんか二の次で、スーパーの袋に食パンをいれ、それをバッグに掛けて移動しています。1日のうち一食はこれをお腹に入れる。安価なプルーンのジャムと一緒に。この日も人通りのある広場、名も知らぬ人間の銅像、土台に腰を掛けて昼食。22歳というのは、こんなことができるギリギリの年ではないかと思います。三十路になってからは、あまりのプアーさは心のうちに葛藤を起こしてしまいそう。そんな変なプライドがあります。誰が見ているわけではありませんが、今の僕には節約しているという事実は気持ちを軽くしてくれる効果もある。それに、極端なところまではせず、しっかり三食は食べさせてもらっています。景色を楽しめる街。運河を見下ろす橋の上から流れる風景なんかは、もう絵画の中に入り込んだようです。次なる目的地はサンタ・マリア・デル・サルーテ教会。ボートに乗ればすぐ、歩いていくと距離がある。白を基調とした建物に、大きなドーム。最近観てきたものとは違い、表面は文様などは施されていません。綺麗に維持されたいくつもの像に飾られています。ペストの流行が去り、マリアへの感謝を込めて1630年に建設。その外観だけでも十分に楽しめますが、内部は格別です。壁には絵画が飾られ、奥にはパイプオルガンが設置されていました。前にするのは、小学生の時に学校行事でいったコンサートが最後です。演奏される教会音楽。控えめに隅に座った僕の地面は、低い音が響くたび、ゆっくり揺れました。自分が無くなって、視界だけがそこにあるように。祈りたくなるような気持ちが湧き上がるのは、教会としては大成功でしょう。3曲ほどで後に、歩き出す足が軽くなっている。明らかに胸が空いている。音楽の力は偉大です。その発展には宗教の存在も少なからずある。絵画の発達にも少なからず。そう思うとその存在が社会の中で果たしてきた役割に感謝したくなります。一度頭を空にしてくれるような瞬間の後には、普段は考えないようなことがふと浮かぶ。例えどこにいても、いつも通りのことです。あらゆることを短い間でも頭の片隅にしまうことができれば、目の前にあるものをただ「ああ、綺麗だ」と思える。イタリアでは、この教会が1番強く残っています。名前は長くてすぐ忘れるだろうけど、そこにいたことはきっと忘れない。


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 全てを見尽くすことはできません。選ぶのは自分です。帰国後にテレビで行った国の特集をしていて、訪れなかった素敵なところが映し出されたら、どう思うかなんて。分かりっこない。それでも「しょうがなかった」と想えるように行動しているつもりです。度の過ぎない諦念と、足るを知ること。これがけっこう大事だって、前から思ってはいるのですが、何か上手いこと、そのトレーニングでもしているような体を今の状況にこじつけます。この思考は己の定まっていないことの結晶のように映るのですが、歳をとったら変わるのかな。パッと割り切ることができる、せめてそんな風を装えるようになればいいなと。夕陽、海、ヨーロッパらしい街を同じ視界に入れることができる贅沢な場所。海のあるところはしばらくお別れです。


 こうしてイタリア3都市目を翌日のバスで後にします。次なるミラノにはたった一泊。睡眠時間も含めて、24時間ほどの滞在。フィレンツェと同じく、ドゥオーモと呼ばれる建物がありました。こちらもかなり壮大な建造物。そして近くにはディズニーランドの入り口から進んだところにあるワールドバザール。そのモデルになったという通りに行って来ました。やっぱりなんでもモデルが存在するんだなと。オシャレの発信地でもあり、好みの服を着こなす人に羨望と、帰国後へのヒントをもらいながら歩きます。短いながらも、できる限り歩き回って、代表的な建物は観たのですが、どうも4都市目、感動の減少が避けがたい。来たからにはそれを観なければならないというのが強すぎて、半ば作業のようになってしまったことも正直に告白します。アジアではあれだけ受けた勧誘も、周りが綺麗な身なりをしたヨーロッパでは、僕はほとんどスルーされます。楽だけど、悔しさもある。髭も剃らずに2ヶ月近く、上下デニムの僕。旅をしている雰囲気はピークに達しているはずです。そんな中で久しぶりに声をかけられたのが嬉しくて、たまにはとレストラン。ミラノに来たからにはと、リゾットミラネーゼをいただきました。イタリア最後の夜は、形を変えて食で満足を得られました。食べ物の最後の一口ってはかないですよね。その値段が高ければ高いほど。さっきまではっきりあったものが、もうなくなってしまった。


 こうして僕のタイトなイタリア旅行は終了しました。本当に1週間しか経っていないのかというような、行っても行っても歴史、規模共に大きなものに出くわす。ミラノをおまけのように書いたしまったことから、僕の感受性が追いつかない怒涛の日々であったことがわかってもらえたらと思います。イタリアは想像していた以上に、その斜め上を行くだけのものがあって充実と疲労。ヨーロッパの真髄を見せられた格好になりました。しかし心底楽しむには、バランスが肝心。都会の連続が、自分に向いていないことを早くも察知した僕は、スイスのチューリッヒに行く予定をスロヴェニアに切り替えました。次は首都でものんびりした雰囲気を醸し出すこの国、自然に囲まれて過ごした日々について。