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進めなまけもの

 救急車や消防車のサイレンは苦手ですが、ああする他ないというのはわかります。運転免許を持った今はより強く。それでいてこのご時世、あれほど都会の中で原始的なものはないのではないか。内装においては、きっと現代の科学の結晶が詰まっているであろうに関わらず。兎にも角にも、大きい音を轟かせ、周りに緊急を伝える。それに応じて周りは道を開ける。僕の発想力では、これに取って代わるようなものは思いつかない。きっとこれからも長く続いていくことだと思います。そうなればますます、緊急自動車の存在感は面白さを増すはずです。役割自体が面白さとは対極にあるものなので、少し抜けた人間たちが、穏やかな昼下がり、時代を超えてきっと今の僕と同じことを考える。


近づく帰国日が、流れる時の早さに推進力を加えます。ブレッドを後にした僕は順に


オーストリア(ウィーン)

   ↓

チェコ(プラハ)

   ↓

ドイツ(ベルリン、ブレーメン)

   ↓

オランダ(アムステルダム)

   ↓

ベルギー(アントウェルペンブリュッセル)

   ↓

フランス(パリ、リヨン)

   ↓

スペイン(バルセロナ)


と来て、明日にはマドリード、明後日にはポルトガルリスボンへと向かいます。


 日々思ったことは書き留めてあるのですが、単調さ、毎日場所を変える生活の中長い文章にできずにいます。目標の100投稿を前に、足踏み、歯がゆさもありますが、これらは1度置かせてもらって時間ができた時に改めて書かせていただきたいと思います。帰国後になるかもしれません。よって順序にも狂いが出て来てしまいますがお許しください。日曜日には飛行機でロンドン。1週間の滞在後、メキシコ→キューバ→南米。ここらに差し掛かれば、自然とまた書きたいことが溢れて来るのではないかと予想しています。


 その中でも素敵な経験をさせてもらう日常は続いています。治安も安定した地域ということもあって、気を緩ませながらその喜びと、少しの物足りなさを感じる日々です。クリムトの「接吻」、「フランダースの犬」でネロとパトラッシュが最後に前にしたルーベンスの絵画。ベルリンではホロコーストに関する展示。残されたベルリンの壁、絵の数々。つい昨日はサグラダファミリアを。そして日々、数えられないルームメイト。道行く人。世界中から集まって偶然出会えた人たちとの交流も続けています。枚挙に暇のないほどのないものを自分の経験に入れながら、記憶に残して。あのダヴィンチ「モナリザ」も僕の目の前にあったんです。膨大な感情に揺さぶられながら、揺れながら、毎日取り留めのないこと、一貫して自分の中で大事だと思うこと、いろんなことで頭はいっぱい。行き詰まって動かなくなるとふとしたものに頭の中を空っぽにさせてもらう。答えの出せないこともまだたくさんあります。残りの時間も、帰ってからも。割り切れないことは、明るさを添えて受け入れられるか。自分の調子がいい時にはできるこの心境を、どれだけ持続できるようになるか、なのかな。


 テロの危険のある今日この頃。髪も髭も伸ばし放題。大きなバックにフードを被った僕は怪しまれることも少なくなく、地下鉄に乗る際は止められてチェックが入ったりすることもありました。そんなこともあり、ある日ふと思って3ヶ月ぶりに髭を剃りました。野球をしていた頃の散髪で出る毛よりも長いものが洗面台に落ちていく。汚く伸びた無精髭は、なんだか自分の年齢を上げ、大人になったような気にさせてくれていたのですが、それを失った自分の顔を見て我ながらびっくりしました。自分のルックスはこんなに幼かったこと。むしろ以前よりも童顔であるように見えます。せっかく美しいものばかり観させてもらう毎日、その恩恵が身体に現れてほしい。違和感のある表現ですが、少しばかり綺麗になれたらなんて思うこともありました。もしかしたらそれが本当に起きているのかもしれません。読んだ方は帰国後の僕を見て「よくそんなこと言えたな」と突っ込んでもらっても構いません。一種フリでもありますので。


 隠すことなく疲労も相当溜まっているところがあって、たまにしんどいと思って電話をかけさせてもらったりもします。相手には迷わず、すぐに応答をもらいます。就活中にも関わらず申し訳ないけれど、気軽に連絡できる相手なんてたくさんはいません。話しているうちに、もう一度、その街に輝きを取り戻させてもらうこともあります。人の存在を強く求める。穏やかな日は、それに希望を見出せます。「なんだ、1人で大丈夫じゃないか」と思うことに怖さを感じます。僕はそれを必要としている。他人との関係をまた創っていきたいと思う。上手くできるかはわからないけれど。これまで近くにいてくれた人も、この月日に全くそのままということはありません。はじめて考えたこと、思い出した過去、遠いところで得た経験。それは僕も同じ。その中で再会に何を思うかなんて、何が起きるかなんて、想像はしてみるけれど当てにはできません。ただ出発から5ヶ月以上が経ち、もうすぐで半年。4ヶ月と何日という日から、5ヶ月になるには1日しか変わりませんが、急に重みが加わります。なんだか、なんだかんだ長くなった。自分の一つの基準で、これはもう長期だなと。未だに五体満足、無事でいられることへの感謝。アフリカにいた頃がどんどん遠ざかって、自然とではなく、努めた時にだけ思い出すことが増えています。一度そうすると当時の感情というのはまだ克明に残っていて安心する。


ドイツで、第2外国語として取ってたけど"ダンケ"しか言えない事実が自分の大学生活をよく表してると思ったり。先進国と呼ばれる西欧の国にいては、日本と同じく2次大戦を起点に新しく、21世紀には少しくたびれているように見えたり。フランスパンにハマって、さすがは本場。宿への帰り道、夕食にと一本。味見に一口、温かくて、思いの外おいしい。宿に着くまでに半分以上食べてしまって。これはさすがに行儀が悪いのかと思いきや、すれ違ったヒジャブを被ったおばさんの口がもぐもぐ。よく見ると2本持ったフランスパン、片方の上部がなくなっている。そんな微笑ましさに穏やかな気持ちになったり。移民問題が叫ばれるこの頃。大都市、いくら綺麗な場所でもゴミ箱を漁る人。路上に暮らす子供連れの家族や、犬を連れた人。いつまでも頭を下げたままコップを前に差し出し続ける人。隠すことのできない光景に、その前を通るだけ闇に入り込まれたり。あるいは目を背けたり。


 ひとつ最も残っている瞬間。ベタではありますが、深夜バスを待つために過ごした。ルーヴル、コンコルド広場。9時を過ぎてやってきた夕陽。広場にある凱旋門のちょうど間に見えた満月。少し経ってからの眩いくらいのまんまると一緒に見られた美術館は、再び自分を奮い起こして、送ってきた中であった得難い経験、場面と一緒に僕を満たしてくれました。こんなものが観られる人生です。幸せです。少しロマンチックが過ぎて、隣にいたお姉さんに求婚したいほどのテンションでした。2人でいれば、告白する、されるにこれだけ相応しい場面はない。誰でもイェスと言ってしまうでしょう。それでノーと言われれば、それこそ最高の語り草です。千の言葉でその場面を美しく描いてから「振られたんだよね」爆笑間違いありません。笑えれば。


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 そんなこんなでやっています。次の更新はいつになるか。今はバルセロナの港で海を目の前に、後々に回すことにも限界がきたので一旦線を引かせてもらいます。きっと書きます、何かが僕に書かせます。その時まで、グッドバイ。