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長時間の電車がクセになる

6日間のホーチミン滞在を終え、向かうわベトナム最後の王朝が都を構えた街フエ。バスという選択肢もあったものの、選んだのは今再びの電車行。トータル24時間、寝台車もありましたがこの国ならある程度のクォリティーを望めるのではないかと普通席にする。4時間ほどの睡眠、眠い目をこすりながら13時10分発の電車に宿から30分ほど歩いて、駅に着いたのが12時40分。駅の雰囲気から、それがもう期待できるものではないことを察しました。2000円ほど払ってプラットホームへ。全体的に清潔感とは程遠い。車内に入ると、予想に反してほとんど空きがないほど人がいる。バックパックを背負った旅行者もちらほら。席も快適とは程遠い、狭く、硬いものでした。でもなぜだかワクワクします。景色を見ながら、音楽や本があれば50時間までは許容範囲。それに、宿代も浮き、なんだかゆっくり考え事ができるのが僕にとっての電車です。Wi-Fiなどもなく、ネットが使えないのも心地いい。座って間も無く、肘掛を我が物顔で這うGを発見しても、発狂するでもなく笑みがこぼれるくらい。なんだか肝が座ってきたみたい。


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隣に座ったのは5歳くらいの男の子。全ての人間が同じ言語を話すと思っているのか、僕をベトナム人と思ったのか、頻繁に話しかけてくれました。無垢な積極性。あいにくひとつの意味も掴めない。それでも話を続けてくれる。近くにいた母親はそんな息子に優しく「味の素って挨拶するのよ」噂では聞いていましたが、都市伝説だと思っていました。笑顔で「AJINOMOTO」と返すのが正解なのでしょうか。きっと起源には、よっぽどのホラ吹きでもいたのでしょう。汚しのプロ集団である子供達。その1人として、彼も30分ほどの乗車でその能力を遺憾なく発揮してくれました。スイカやアイスをこぼして、さようなら。


アフリカとの決定的な違い。それは時刻表に忠実に電車は走っていくことです。それに座席もしっかり管理されている。ベトナム人が乗降車して、外国人以外は頻繁に入れ替わる。大都会ホーチミンを離れて、少しずつ建物が低くなっていく。線路は変哲のない街中を縫って進んでいきます。うとうとしてきた、しばらく眠ってしまうと車窓からは田んぼが流れる景色に変わっている。日本との違いは、それが不規則な形をしていること。四角形ではないこともしばしばです。畦道もところどころ歩いたら崩れてしまいそう。青々と茂った稲が、電車の中まで匂いを運んでくれる。落ち着きをもらう。そんな田園風景の中にはそれを囲むように、アロエのような植物も広く栽培されています。そして所々、大きな墓が姿をあらわす。確かベトナムでは土葬が行われているはずです。1つ1つが日本のものより倍以上の大きさがあって、細かい装飾に、カラフルに塗装がされている。やはりベトナム人の派手好きは伝統的に刻まれてきたもののようです。見受けられる山も緑が映え、少し懐かしい気持ちに浸ります。日が暮れてしまうと、もう数少ない灯りが捉えられるほどで、どんな風景が広がっているのか分からないのが残念です。


途中、明らかに1席では収まらないくらいの大きく丸い体を持った白人のおじさんが乗ってきました。2度着替え、どれもベトナムのビールのロゴが入ったtシャツを着ていたのが、ぶれない人柄を表していました。どこからともなくウクレレを取り出し、演奏開始。大きい体に、小さいウクレレをよくもまあ器用に操るものだと感心しながら。ちょうどイヤホンを長時間装着して、痛くなりはじめていた耳の保養に。楽器が1つでもできたら、旅先でより楽しい思い出ができただろうなということは頻繁にあります。ホステルにはよくギターなどが置かれている。根気のいること、知っていましたか、ギターは持っているだけでは弾けるようにはなりませんよ。僕がいい例てす。周りのベトナム人が英語の歌詞に喜んでいて、音楽の力を改めて感じる。意味は分からなくても、リズムに乗ってしまえばいい。前に書いたように、本当に友人に東京タワーの文庫を持ってきてもらったので、読みはじめる。結局止まらなくなって寝る前には読了してしまう。もう少し大事に読み進めばいいものを。でもこれならば、何周でも読み続けられる気がします。同じように、近場からながら東京に吸い寄せられて、ぐるぐるぐるぐる、意味もわからない自由にしがみつきながら、流れていた毎日。自分にとって東京はどんな街だったかな。懐かしいキャンパスライフ。


日付が変わり、寝ようと思いながら、硬いイスと無数に駆け回る黒い影になかなか安心できる体勢を見つけられないでいました。結局楽になることはないことがわかる。もう腰が痛くてたまらないのだけど、前日の寝不足のおかげか、気づいたら日が昇っている。すぐにつかないことは、もう十分すぎるほどわかっています。経験から、こういう時に頻繁に時計を見るのは精神衛生上よろしくないことを学んだ。時間なんか分からなくて、日は沈み、また昇る。朝からなんだかいつまでたっても眠くて。夜にリクライニングした椅子が戻らなくなって、頭が自然と後ろになる。そのせいか何度も寝ては起きてを繰り返して、気づけば到着が間近に迫る。反対側の車窓からは海が流れていて、自分には無縁ですが、この国のリゾートの一端をのぞきました。そしてようやくフエに到着しました。


駅前でフォーを食べる。タクシーの勧誘かしつこくて、うんざりしました。英語も日本語も通じないと、こちらがいくら強い言葉を選んでも何の働きもしません。2kmは歩ける距離。ヨルダンで友人から教えてもらったアプリ「maps.me」があれば、オフラインでも自分の現在地がわかります。これはなんとも便利です。それをゲストハウスのある通りに合わせる。ホーチミンほど車やバイクも走っていないので、気持ちよく歩ける。空気も鼻から吸い込むのが苦にならない匂い。歩き始めたら、すぐに幅の広い川が目に入って。あひるボートや船も浮かんでいる。川岸は公園のようになり、たくさんの木や芝生が植えられています。都会的ではありませんが、綺麗で整理された街です。やっぱりベトナムは栄えている。そんな中に、時折歴史的な建物が目に入る。英語は話せなくても、道を尋ねれば一生懸命教えてくれて、やっぱり人間は大方親切です。宿に着いて、昼間からもう一眠り。夕方には、コンビニに行ってモナカとカップ麺、ビールという日本さながらの夕食。こんなのが幸せ。ただホーチミンにはたくさんあった日清のカップヌードルがここでは見つからない。買い込まなかったことへの後悔に苛まれる。しょうもない。


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昼間歩いていて、対岸に存在感を放っていた王宮。そこへ行った話はこの次に。


旅は続きます。