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二十二歳の肖像

歳を一つ重ねまして。「今日から〜する」などと力んだことは考えなくなりました。1日で変わることなんて決してないから。少し歳をとった。それでもせっかくだから何かしらのことはしたいと思いまして、昨日のハードスケジュールを経てペトラに来たわけです。朝起きてみますと、8時半ごろだったでしょうか。昨夜ロビーにたくさんいた人々の姿はなく1人で朝食を食べる。遺跡は6時から空いているそうなので、きっと早起きして出かけていったのでしょう。ご苦労様。そんなことをする自分も一瞬頭をよぎりましたが、やっぱり寝ない事には始まらない。そして寝ても覚めても寒い。昨日はなかなか寝られませんでした。そんなこんなで9時半ごろにホステルを出る。10分と言われていたけどこれが長く感じて、これから待ち受ける35kmに及ぶペトラに明るい気持ちばかりにはなれない。高い。知っていたことですが、エントランスで50ヨルダンディナール(8000円)を払う。いよいよどこかで節約しなければならない。インドで1ヶ月1万円生活なんてどうだろう。


遺跡見ないうちに、中国人の数に圧倒される。観光客の8割は占めていたと思います。本当にどこにでもいる。中東ということを気にかけないあたりは感心も覚えます。ただ数の力、道に広がるのはやめていただけたらありがたい。そんな合間を縫って歩いていく。しばらく「さむ」「すげ」を2つの言葉をひたすらに呟いていました。馬の勧誘、「けっこうです」。さぞかし心地いいのでしょうね、けど歩くのが好きなのです。入場料以外は意地でも使わない。


両側を高い岩に挟まれた道に入る。ここから既に日常から遠く離れた場所にいる。完全に昔見たインディ・ジョーンズの世界です。見えてきた最初の神殿。それが通路の先に見え始めた時、走って行きたいような気持ちに駆られました。旅に出てよかった、子供のようにはしゃげる。それも1人で。自分の目で見ることを夢見た場所の一つは、思った以上にデカイ。発掘されたためか、周りの岩は赤黒くなっているけど、そこに埋められたような神殿は砂と同じ色をしている。思った以上に細かい装飾が施されていました。ピラミッドに続いて、紀元前に造られた。今とは全く違うことに使われた人間の力。現在の建物は重機によって1年ほどで建てられてしまうのがほとんどではないでしょうか。人力で時には1世紀以上の時間を費やされたそれら。昔の人は偉大な忍耐力を持っていたようです。歴史の中で1度は埋もれたペトラ。栄えていた当時、どれだけ豪勢な街並みが広がっていたのか。複数の遺跡があって終わりと思いますよね?見渡す限りいたるところに岩に掘られた遺跡があります。形が無くなってしまっていても、明らかに人の手の入った無数の穴。100で済む数ではありません。未だに発掘作業が続けられています。


パンフレットや地図も持たずに歩いていたので、何がどこにあるかは全くわからない。人の流れていく方に歩を進める。そこからは予期せずほぼ登山をしているようでした。石段を1時間以上登り続ける。気がつくとかなり高いところにいる。岩に入った文様を見ているだけでも飽きません。道行く人と会話を交わして進んでいく。いつからか、英語でも社交的な自分を発見。最後は中国人のカップルと連れ添って。ようやく目的地へ。辿り着いたのはエド・ディルという修道院として使われていたという場所。登る苦労も、お釣りがくるほど報われた気持ちになりました。その大きさと、形がしっかり残されていることに。もう少し登ると、今まで通ってきた風景をバックに堂々と聳え立つエド・ディルを一望できます。曇っていた空から晴れ間が覗いて、節目の日にこれを見られた喜びに浸りました。なんて贅沢な誕生日。


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「教育」がいかに大切か。ケニアで教える経験をしたからなのか、自分の中で大きなテーマになりつつあります。平日の昼から、ロバに乗ったり、お土産を売ったり。彼らは学校に通えているのか。ある場所でブレスレットを売りつけに来たのは、まだ4歳という男の子でした。発掘作業を続けるのはいいけど、今でも十分に人は呼べる。大事業よりも、子供たちに教育を授けたほうが返ってくるものは明らかに大きいのに。これはどこの国でも言えると思います。一定の機会が均等に与えられれば、競争の中で共に能力を伸ばしていける。今以上にたくさんの可能性が生まれるはず。その上で他の道を選ぶならそれでいい。お金を持った人間が動かす社会。言うのは簡単ですが、望みは薄くあり続ける。石段を下って、まだまだあるスポットの一つに向かおうとしましたが、途中で出会った子供とじゃれ合ううちに「疲れたから帰るか」となりました。これを全部見るには1週間近く必要になりそうです。そしてペトラに行きたいと思っている方は少しでも早くいのが良いかと思います。体力勝負になって、僕はこの歳でヘトヘトです。もしくはお金を払ってロバに乗るか。


"今歩いているこの道が いつか懐かしくなればいい

今歩いているこの道は いつか懐かしくなるだろう

その時は是非君の隣で その時も是非君の隣で

とても嬉しいお願いします 僕は嬉しいどうかよろしく"

斉藤和義「幸福な朝食 退屈な夕食」より


感動の小さな帰り道は音楽を聴きながら。最初に流れてきたのはこれ。伊坂幸太郎さんがこの曲を聴いて仕事を辞めたと知って、当時使っていた色だけで選んだLGの黄色い携帯電話。YouTubeで流しながら帰った高校からの帰り道はきっとここに続いていた。僕は部活をやめて、たくさんのものに触れた。出会ったもの全てが、僕をここに運んでくれました。若輩ながら、やっぱり人生は本当に面白い。


いったぶん、帰らなければならないのは道理ですが。足も限界近くまで疲労して、これが途方もなく長い。途中頻繁に休憩をとりながら。沈むまで幾ばくもない太陽を浴びながら。僕が休むたびに追い越すことになった、足を引きずるようにゆっくり進む中国人らしい女性。重そうなバックを持つよと申し出る。持たせることはせずに、ただマシンガントークで離してくれなくなりました。そのゆっくりなペースで自分も歩く。後ろ姿で期待してなかったものの、このマギーがすごく可愛かった。30日が誕生日だという彼女とお互いを祝う。結局出口まで一緒に到着。中国人かわいい。仮に整形だとしても、旅中は見たものが全てです。そこからホステルまでは永遠登り坂でしんどかったものの、美しい夕陽に背中を押されて。無機物も全てが笑っているようでした。そんな気持ちいい帰路。


昨晩、この環境下にしては十分な温度に達することのなかったシャワーが今日は温かい。22歳ついているかもしれません。


"失敗しない 後悔しない 人生がいいな

少し考えてみただけさ 有り得ないって解ってる"

BUMP OF CHIKEN「ホリデイ」より


この歌は数年、思い出すこともなかったのに。シャワーを浴びている時に浮かんできました。夕食はフランス人と卓を共にし、貰ったトルコの強いお酒に潰れかける。今日はとてもいい日だった。


久しぶりに書いていて楽しい文章。旅を始めた頃から思っていたことですが、これからもっと強く、優しく。抱負を掲げておやすみなさい。