最後の国

 クスコからバスで最後の国境越え。ボリビアはラパスへ。思えばたくさんのボーダーを超えてきました。南アフリカからジンバブエへ。初めて陸路で違う国に入国した際は感動したものです。だいぶ昔のことに思えます。陸、海、空。いろいろありましたが、気がつけば30回以上もこんなことを繰り返してきました。殊にバス、電車で越えたアフリカの国境では苦労したこともあり、ヨーロッパ以外では緊張感とは切っても切れないイベントです。そんな最後はあっけないほど簡単に通過。


 31カ国目、最後の国ボリビアに入国。安いバス会社を選んだため、直通だと思いきや途中の街でストップ。「今すぐラパスに行きたいならあれ」と、ボロボロのバスに乗り換えて旅路は続く。12時間と言われたのも、アディショナルタイムは6時間ほどかかって到着。南米でも特に物価の安い国。旅の中で物価の安い国というのは、取りも直さずイコールあまり綺麗ではない国。標高も高く、すり鉢型の窪んだところに作られた都市。高いところほど治安が悪というのがよく知られたことなので、そこには絶対近づかないようにしよう。到着したのもつかの間、時間に余裕はないので、そのまま次のバス乗り場へ。4時間後、僕はウユニへ向かいました。こんな日程の中、もう4日シャワーも浴びずに怒涛の移動。目的地に着いたのは朝5時のこと。何よりも寒い。とりあえず開いているカフェに避難し、ココアをすすりながらWiFiで気温をチェック。マイナス10度。そりゃあ自然と歯もカタカタなるわけだ。7時ごろには宿に移動し、睡眠。


 11時ごろに起きて、ツアー会社を探します。ウユニ塩湖には乗り合いのバンで、定員7人で集まった人数で1台分を割り勘になります。運のいいことに、その日のサンセットツアーがちょうど6人とのこと。即決で申し込む。7人いると1人100ボリビアーノほど(約1500円)かなり良心的です。15時に再びそこに行き、ツアー開始。参加者は香港人の夫婦と同年代の男性2人の4人に、アメリカ人の夫婦、日本人。このメンバーだと会話も全員が英語でやり取りができて、簡単に一体感も生まれます。


 心配していたことは、乾季のこの時期に水があるのかということでした。1ヶ月ほど前から気になっていたことで、前の国であった人にはもうないと言われてがっかりもしていました。それでも白い大地は見る価値があると割り切って参加したものの、そこにはまだ十分に水がありました。日本人御用達のこの会社は、欧米人が真っ白の大地が目当てであるのと違い、アジア人が鏡張りを目当てにやってくることをよく知っていますあ。ガイド兼ドライバー、そしてカメラマンまでこなす彼は、鏡張りを利用したトリックアートのような写真を、ポーズを指定し何種類も撮影してくれました。その道で彼は天才的に、小道具まで用意して、ゴジラに襲われる絵や、プリングルスの箱に入っていく動画。これは誰に見せたらいいのだか。中には後で確認するとびっくりするようなものも仕上がりました。さすがはプロです。普段はこんなことに照れ臭さも覚える僕ですが、ラテンの血に触れて来たからか、言われたポーズを全力でこなしました。全員がiPhoneユーザでAirDropを使える便利なご時世、1人の携帯で撮影後、すぐに全員に共有される。


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 それらが終わると自由時間で、各々好きなように真っ白な風景。鏡張りを満喫できます。風もなく、雲ほとんどないような晴天はまさにウユニ日和でした。遠くにある山々、太陽までがそこには2つありました。香港人の夫妻は、人の目も気にせずに堂々と、お互いにポーズを決めて、写真を撮りあい続ける。アメリカ人の夫婦、奥さんは少し恥ずかしそうにしていて、僕は遠くから見て親しみを感じる。若い2人は高そうなカメラと、3脚を駆使して、きっといい写真を残しているのだろう。僕は1人でぼんやりと、たまにシャッターを押しながら、最後にここを選んで良かったと思う。そしてシュールな風景の中、いろんなことが頭の中を行き過ぎる。何年も会っていない人を思い出したりする。連絡も取れなくなれば、生きていることにも確信を持てないから、安易な繋がりに溢れる現在も、そう思うとありがたいかもしれない。ただそれを絶ってしまった人は、心配でも為すすべのない無力さを改めて思い知らされる。だんだんと暮れ行く日を、可能な限り見つめながら。暖色に包まれていく世界。ほとんど沈んでしまった頃には、その暖色と地平線の間に、深い青色が立ちこめる。不思議とほのかで、幻想の中にいるような風景でした。平らに広がる白い大地と、水のおかげで映し出されるもう一つの世界。存在しない世界と、実在すると信じている世界。その間に吸い込まれて、どこか違うところに行ければいいと思う。今はそれが僕の見知った人たち、見慣れた故郷に続いてくれていたら1番嬉しい。間なんて本当はないことを知りながら、そんなことを考える。


 その後、寒さから退避するため、全員しばらく車の中へ。30分ほどが経って、極寒に耐えながらまた外へ。そこには間違いなく、僕が今まで見た中で1番の星空がありました。黒のキャンバスに隙間なく敷き詰められた輝き。天の川の存在も、自分の目でこれほどまでに認められたことは今までにないことです。それにここでは、自分の踏む地面にもそれらが映る。旅の終わりを、これほどまで綺麗に締めくくれるなんて、幸せに幸せの上塗り。これ以上の星を見ることは、もうないかもしれません。全員が寒さに耐えかねて車内に戻ってもしばらくは、1人空気も読まず、1秒でも長く目の裏に焼き付けるように。そして20時ごろ、車は街に戻って行きました。持っている服をほとんど駆使し、上には7枚、下もジーンズを二枚重ねて、それでもまだ寒かった。ただこの時期のウユニ、ベストシーズンほど人もおらず、季節的にも星空はより輝く。寒さに耐えられれば、ベストなタイミングもだったかもしれません。この上ない満足感を得た僕は、申し込んでいた朝3時集合のサンライズツアーをキャンセルしました。何度も参加することを勧められていましたが、これ以上の気持ちは自分の中に知らないし、多少の慣れから寒さばかりに気が行き、思い出が縮むことを恐れたからです。感動を覚えた場所には2度行かないほうがいい。誰か偉い作家が言っていたはずです。おかげで久しぶりに僕はベッドの中、長い眠りに就くことができました。


 こうして最後のイベントが終わりました。あとは深夜バスが何事もなく空港のある街まで運んでくれて、3つの飛行機が無事なフライトを果たしてくれたなら、僕の奇抜な冒険譚は終わりを迎えます。元いた場所に吸い込まれていきます。それでも"奇抜な"という形容が似つかわしくなくなるだけで、それは続いていきます。当たり前のものから抜け出して、当たり前なことへのありがたさが募りました。膨らむばかりでした。生活が変わるたびに何度か経験したことのある気持ちですが、それに大きさがあるなら、今回のものが1番大きかった。すこしずつ今の生活も当たり前のような気がしていた。それはもう3日も経てば、再び特別なこととして映るのでしょうか。また日常の中で普通に戻ってしまうだろうことたちを、それでも特別だと思っていたいなあ。そう思いながら、バスを待つまでの時間、ほとんど同じベンチから動かずにいます。