出発から100日ですって

いつの間にか、出発から100日を超えました。まだそんなものか、もうそんなたったのか、様々だと思いますが、カンボジアに向かうバスの中で暇つぶしに記憶を辿ってみる。それが正しければ、これまで32箇所の宿を使ったことがわかりました。深夜バス、寝台列車、それらの中で休んだことも少なくありませんし、ケニアでは同じところに3週間いたにも関わらずこの数。僕にはすごく多く思えて、自分がやってきたこととは思えない。どこか他人事のような気持ちで、この数を前にしています。2日に1回近く換えていることになるかもしれません。これはもう、よくもまあ動いたなという感想なんですが、国も同様に


南アフリカ(宿数:4)

ジンバブエ(2)

ザンビア(2)

タンザニア(4)

ケニア(4)

エジプト(3)

ヨルダン(3)

イスラエル(2)

(パレスチナ)

ベトナム(2)

ラオス(2)

タイ(3)

カンボジア(1)


12ヶ国に達し、そろそろスムーズにも言えなくなってくるのではないかと思います。大きくアフリカ、中東、東南アジアと3つに分けることができるのですが、(どちらかというとエジプトと中東でアラブ圏という方が正しい気がします)この1ヶ月いた東南アジアはイメージカラーでいうと"赤"です。季節的に暑かったというのもありますが、伝統的な建築物の色であったり、街並み、服装、そして人が醸し出す雰囲気といったもの、赤が一番最適ではないかと思います。どこもよく夕陽が似合う街でした。アフリカは緑(自然)、中東は青(寒かったことにも引っ張られている気がします、単純)。また他の地域よりも、文化の類似性が多いので、驚きや発見より安心感に包まれる期間でした。このタイミングで味わえたのは、ちょうどよかった。おそらく残り半分ほどになった今、新たな土地へ進む活力は十分に充電できました。予定ではインドに入国しているはずだったのですが、この事はどうしても暗い気持ちにさせてきます。今晩こそしっかり入国し、13ヶ国目として、1ヶ月近く張り切っていきたい。


昨日の失敗を引きずり、気持ちの荒ぶりはなかなか抑えられません。普段は「しょうがない」と堪えられるところで、それができない。タイへのバスの乗員の態度がものすごく悪かったことに、接客には期待していない僕も、ついイラっとしてしまいました。そんな日も日々の中ではもちろんあるんでしょうけど、何か少しこの旅で大らかになれたような気がしていたのを、皮を剥がされてしまったような気持ちです。それでもバスは快適で、乗客も少ない。ただ国境で特殊な順序を踏まなくてはならないため、緊張感は離れません。深夜12時半に出発し、途中で道路の端に停まったりしながら事務所が開く時間に合わせているようでした。そんなことで、国境でバスを降りたのは夜が明けた頃。まさかもう一度ここにくるなんて、昨日まではちっとも思っていませんでした。他の乗客はまっすぐ出国手続きに向かう中、僕だけ入国手続き場に行かなければならない。そんな中でも、昨日からカンボジア人の優しさに触れてばかりです。この日も事情を説明するとしっかり対応してくれました。ここは無事に解決、タイへの再入国も他の人より時間がかかり、不安にはなりましたが果たすことができた。何度も迷ったことも重なって、結局バスの乗客の中でダントツ遅く戻り、全員を待たせることになってしまいましたが、置いて行かれなくてよかった。これがようやく安心したこと。不幸中の幸いといったところですが、第1関門突破。


到着したのはあのカオサンロードでした。悩んだ末に行かなかったのは、結局こういうオチに備えてのことだったのだろうか。ここは夜に本気を出す場所なので、昼間は確かに外国人はたくさんいるけど別にする事はない。暑い。とりあえずひと通り歩いてみて、こんなものかと確認する。全くタイと関係のない柄のTシャツがどの店でも売られていて、デザインの可愛いものばかりだった。買うつもりは毛頭ありません。バタバタして昨日の昼からほとんど食べていなかったので、バーガーキングハンバーガー。マクドナルド以上に世界ではたくさん見かけますが、入ったのはこれが最初。タイ料理にすればよかったと後悔する。この一角だけは人が集まっていましたが、少し離れるともう外国人はほとんどおらずシャッターが閉まってばかりの通りもありました。新しいビルの隙間を住めるように、バラックの家が密集していたりもする。栄えているといういんしょうばかりで、そういう状況を前回の滞在ではあまり見られていなかったので、一拍置いたことから見えたこと、収穫はあったことにさせてください。


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深夜バス明けだったのもあって疲れていたのか、ぼうっとしながら。不運の影はこの日も僕から離れてくれません。赤信号を渡った僕に非があるのですが、バイクとぶつかる。そんな大げさなものではなく、かわしながらも手があたったくらいです。お互いに一瞬止まったものの、そのまま元の生活に帰っていく。カオサンから空港までは20km以上、電車に乗ったものの、途中から線路は違う方向に伸びていて空港には行けずより離れたところに到着。発着がどちらも無人駅で、無賃で乗れたのがせめてもの救いでした。そこから歩いても、いく道がどれも行き止まりになっていて、もうめげそうにもなりました。とにかく咆哮したくなる。大きな声を出したい。でもきっと平坦な毎日より、少しこんな思いもした方が後で深みが出るのかな。そろそろ僕の元から去ってくれないと、僕の忍耐力はそんなに大したものではないので。どうか幸せよ、この指にとまれ。とまってください。


前日に取ったにも関わらずコルカタまで1万円ほど。午前0時過ぎの出発で、2時間半かかるのですが、インドとタイでは1時間半の時差があるため現地時間の1時過ぎに着く予定です。そこからどうしていくかもかなり迷いどころで、これで2日連続深夜移動なので、はやくベッドで休みたい。深夜のインドはどんな所なのか。できれば日が昇るまで空港にいようと思っています。バンコクではやる事、いられる場所がなく、バックパックも持っているので18時過ぎには空港に来て、とりあえず椅子に落ち着く。諦めて乗ったタクシーの窓からは、これからのバンコクがますます発展するであろうことを見せつけられました。イタリアと共同の立体の線路が建設中。これがまたとても規模の大きいものでした。建設中のビルもたくさん見られる。東南アジアと一括りにしても、バンコクの発展の仕方は群を抜いていて、他の三国とは全く異なります。次いでベトナムラオスカンボジアは2つと比べるとかなり後ろにいる。歩んできた歴史など要因は様々でしょうが、寺がたくさんあること、食の共通点は多くとも、それぞれに特色もしっかりある。なにより全て自国の言語を持っていること。短期間で巡って行ったこともあり、それらはほとんど把握することなく後にすることになってしまいました。日本語、英語ともにあまり通じず、僕も現地の言葉はわからないので、もっと密なコミュニケーションを取れたらと思うのですが、なかなか難しい。それでもやっぱり人間、基本的に優しいんだなと。これから2日連続でインド行きにアタックしますが、もしダメなようなことがあれば心がポキっとなってしまう気がします。突然帰った時は、無言の中で察して温かく迎えてくださいね。


また東南アジアでは写真をたくさん撮ることができました。観光地だけでなく、日常の些細なものまで。と言うのも、それまでの地域は常にカメラを首に下げることが難しかったことがあります。実際にそうしないように忠告されたところも、自ら危険を感じてそうしたところもあります。ほとんどは観光客のいるところ、もしくは辺りに人がいない時に急ぐようにして撮るのが常でした。それもあってあまり写真も残せていないんです。残念ではありますが、安全にはかえられません。この1ヶ月はWi-Fiもよく働く所が多く、上記の理由からもブログも見栄え良くお伝えできたかなと思います。これからのインドではどうなるか、まだまだお付き合いよろしくお願いします。


次は必ずコルカタから。