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アパルトヘイトと人種について想うこと

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ここ数日Wi-Fiに恵まれなかったので、少し久しぶりに実際に今日したことを報告できます。


今日はヨハネスブルグ中心から車で20分ほどのところにあるアパルトヘイト博物館へ行ってきました。上の写真は入口から入ってまず僕を待っていたものです。マンデラの言葉で

"自由になるということはただ鎖を外すだけではなく、他人の自由を尊重し高めるように生きることだ"

といったところでしょうか。彼が南アフリカだけでなく世界中で尊敬されている理由の片鱗がうかがえる言葉です。


館内は近代的で、今まで訪れた中でも屈指に綺麗な建物でした。強いて言うなら順路が分かりづらくあたふたしましたが。


アパルトヘイトについて詳しく説明するとボロが出てしまいそうなので控えます。ただ1つの要因として、18世紀にヨハネスブルクで金が発見されたことがあげられます。これによりアフリカで最南端にあるこの国にイギリス人をはじめ、アフリカの他の国からも一攫千金を夢見てまたは労働力として多くの人が移住してきた。それよりも前に移住してきていた白人も含め人種の坩堝、世界でも最も多民族で構成される社会の1つになりました。これがアフリカの地で先住民であり圧倒的に多数派の有色人種が約40年間にわたり社会の中心から追いやられるという悲劇を生んだ背景にある。アパルトヘイト自体が施行されたのはこの期間でしたが、その前から大部分で不公平な扱いを受けてきたわけです。1994年、僕の生まれる前年に廃止されたこの政策。自分に寄せて考えると解放以降のこの国はまだいくぶん成熟していない言えるのではないでしょうか。


差別のようなものを目にする機会はありませんが、街中で黒人と白人が並んで歩くような風景にも出会っていません。1割ほどしかいない現地の白人はほとんど見かけませんし、ワクチンを打ってくれたドクターや、ゲストハウスのオーナーくらい。一方でタクシーの運転手などは決まって特に色の黒い人であることが日常です。残念ながら僕には見分けることはできませんが、その中にもたくさんの民族があります。この先また訪れることがあれば変化を注視したいところです。


ケープタウンにもマンデラについての施設があり、ここでも一つの棟が彼に当てられていました。確かに日本人の僕でも南アフリカといえばマンデラが浮かびますし、この国のお札にも彼の肖像が描かれています。それだけ国民にとっては大切な象徴であり、愛されていることがわかります。


"生まれたところや 皮膚や目の色で

いったいこの僕の何がわかるというのだろう"

(ブルーハーツ「青空」より)


こういう音楽に傾倒した中学生時代から、ましてthe BeatlesではもっぱらJohn Lennon派の僕は常々この通りだと強く想ってきました。しかしこちらに来てアジア人と出会うことはほとんどなく、日本人に関してはまだ誰も出会っていません。留学に行くと多くの人が味合うのではないかと思うのですが、(勉強もしてない僕が語ってすみません)韓国や中国などアジア系の人々と出会うと安心するところがあります。日本にいては感じないことの1つです。会ったのは韓国人が2人ほどだけですが。今日のゲストハウスに着いた時、小さいプールを囲んで白人が5人ほどで楽しそうに会話をしている。英語が流暢でないのもありますがこの輪の中に入っていく勇気がなかなか湧きません。相手にとっては全く気にならないことかもしれませんが、勝手に自分で萎縮してしまったりもして。まだ僕には今まで使ってこなかったスイッチを入れる必要があります。


しかし今日は朝からそんなものを見てきたこともあったからでしょうか。1人と仲良くなれたこともあり、そこに参加。夕食も夜のヨハネスブルクに飛び出しアメリカ人4人、ドイツ人3人、オランダ人1人と僕。一対一ならともかく、この人数であちこち会話が飛び交うと正直聞き取れないことの方が多いのも事実。それでも一歩踏み出せたことを自信に、またおかげで何より楽しい夜を過ごすことができました。宿に帰ってきてからも嵐の中、一緒にプールに浸かる。人種について考えさせられた後だったからこそ、あった夜だったかもしれません。


陳腐ですが人間皆兄弟だと僕は強く想います。想うなればこそ取る行動がある。


心なしか思考が英語に支配されつつあるような日本人21歳はこんなことを思いながら眠りにつきます。

おやすみなさい。