はじまりのはじまり


あけましておめでとうございます。予期せずに年を跨いでしまいました。以前、僕をここに導いた1冊の本の存在があることに触れました。2017年書き初めはそのことについて詳しく。

その本とは山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」です。出会いは中学2年生、13歳の頃だったと思います。父親に読んでみろと渡されたのがきっかけ。小学生の頃から児童書を読むことは好きでしたが、このような純文学、計5冊にも及ぶ小説を読んだことはありませんでした。最初はなかなか読み進めることができなくて、挫折しそうになりながら。そして徐々に読むスピードを上げていきました。全てを読了するのに1年ほどかかった記憶があります。当時の僕にとって、これだけの量の文字数を読みきったことは成功体験であり、初めて言葉によって落涙させられたのもこの本でした。読み終わった直後に時を合わせるように渡辺謙さん主演で映画化され、映画館に連れて行ってもらったことを覚えています。これが入り口となり、以来長短の小説を読むことができるようになり、少なくない物語に心を通わせてきました。得意なことなど何もなかった僕にとって、同時期に成績の伸び始めた英語とともに、友人たちよりも本を読んでいることが自分の強みとして意識できるようになりました。

物語は航空会社に入社にした主人公・恩地元が半ば強制的に任命され組合の委員長に就任。会社に労働条件の改善を訴える。従業員のためにと正義感に燃えた過激な行動と彼自身、やがて会社から存在を煙たがられるように。退任後、彼を持ち受けていたのは海外僻地勤務。パキスタンのカラチ、イランのテヘラン、ケニアのナイロビ。社内規定を遥かに超える10年以上の月日に渡るたらい回しにされる。母の死に目に会えず、子供達との間にも溝が生じる。最初は夫に連れ添った妻もやがて日本での生活を決意。彼は1人アフリカの大地で、狩猟に慰みを見いだす孤独な日々を過ごす。会社が目を瞑ってきた過酷な労働環境は、やがて御巣鷹山への飛行機墜落事故という最悪の結果を招く。520名の死者を出した大惨事の最中、恩地は遺族のお世話係として母国に呼び戻される。家族を失った悲しさは時に激しい、時に静かな言葉を呼ぶ。戻ることのない大切な人々への想いを彼は誠心誠意受け止める。航空会社はナショナルフラッグキャリアの権威を保つ為、政府の力も介入し新しく会長・国見が迎えられ、恩地を役員として抜擢。彼らは信頼回復、悲劇を2度と繰り返さない組織づくりに奔走するが、会社の抱える腐敗体質は拭い去られることはなかった。失意の中、国見会長は辞任に追い込まれ、恩地は再びアフリカの地へと発つ。

どんな苦境に立たされても信念を持ち続ける恩地の姿は力強く。飛行機事故の描写は克明で凄惨に。アフリカの大地とそこに生きる動物たちの姿は美しく描かれていました。特に最終的に再びアフリカへ追いやられた恩地が、圧倒的な光を放つ沈みゆく太陽を前に立ち尽くすラスト。"明日を約束する沈まぬ太陽"その時の表情についての描写はありませんが、文字を通して彼の見ている風景を、抱いている感情を、僕ははっきりと目の前にしました。これ以来僕の中にはアフリカに対する憧れが、濃くなったり、薄くなったりしながらも、いつかはその光景を自分の目で見ることを夢みてきました。同時に山崎豊子さんの創作に対する情熱と徹底した取材に基づき生み出されるその作品群にも魅了されました。作品とは別のところ、作家としての生き様に感銘を受けたのも彼女が最初であったと思います。

実際にその場に立った僕は、長年の夢が叶える機会をもらったことに感謝しきれません。それなりに歳を重ねた今の僕には当時格好よさであった恩地元の清廉潔白な様は幻想的にも映ります。ハンティングで自ら仕留めた像の牙を飾る神経などは、僕の思考回路の中では理解しきれないことです。恩地の同僚で名誉のため汚職に手を染めていく行天に強い人間臭さを嗅ぎ取るようにもなりました。ただ改めてこの作品に出会えたからこそ、僕はここに立っている。この本を読みきったことから、こうして言葉を紡ぐことに楽しさを見出せるようになったと思います。時は経ちましたが、僕がここに来ることは当時既に約束されていたのかもしれません。

2泊3日で訪れたマサイマラ国立保護区。広大なこの場所で残念ながら綺麗な夕陽を見ることはできませんでした。きっと目の前にしたら例えようのない満足感を得るだろうという予感があったのですが、太陽に「それを得るには、お前にはまだやらなければいけないことがたくさんあるぞ」と言われているような、大局でポジティブな僕はそう思うことにしました。宿に帰って雨が降る中、読んで以来の歳月を思い返して。遠く離れたところにいて、今は密接に関わることないものたちを斜め上から見るようでした。すいもあまいもあったけれど、これからもきっとそうなんだろうな。またいつか、長い年月を経てサバンナの夕陽を目指す日が来るかもしれません。


"オレはオレになりたいんだ 
ただそれだけなんだ
誰だってそうだろ?
ロックンロールに教わったことは
「人と違っても 自分らしくあれ!」ってことさ
そして「愛と平和 」そいつの意味を探している"

斉藤和義「月光」より

特に意味もなく、すこし気恥ずかしいですが、この間1番聴いた曲です。

しばらく旅を続けていきますが、七転び八起きな日々を送っていきたいと思います。今年もよろしくお願いします!